1985話 役者は踊る
鮮やかな剣戟の音と共に繰り広げられる三人の戦いは、周囲で見守る騎士達の心を圧倒していた。
三人の繰り広げる戦いは、おおよそ余人の入り込む事ができるような領域ではなく、攻防入り乱れての目まぐるしい剣戟は、もはや美しさすら感じさせた。
「っ……!! おい……何だよアレ……」
「すげぇ……凄すぎるッ……!!」
次第に、テミスに打ち据えられて倒れ伏していたフォローダ防衛隊の面々も周囲に集い、テミス達の周りに輪となって観戦を始める。
だが、騎士たちの中心で剣を交えているテミス達は、互いに意識を集中し合っているようで、ざわざわと次第に騒がしくなる騎士たちには一瞥すらくれる事は無かった。
「ラァッ……!!」
「わぁっ……!?」
「くッ……!!」
力任せに振るわれたテミスの大剣が宙を薙ぎ、ユウキとフリーディアをまとめて弾き飛ばす。
しかし、三人での戦いを始めた当初であれば大きく退いていた筈の二人は、僅か数歩の距離を退くに留まり、姿勢すら崩す事無く即座に剣を構え直した。
「ッ……!! ハッ……ハァッ……!! クソッ……!!!」
大剣を振り抜いたテミスは、身体に走る痛みを無視して大剣を引き戻すと、既に剣を構え直している二人に僅かに遅れて、再び大剣を構え直す。
この打ち合いを始めて既に十数合。
手負いのテミスの体力はとうに限界を超えており、動きも徐々に単調なものへと変化していた。
無論。相対しているフリーディアとユウキがそれに気付いていないはずも無いだろう。
その証拠に、普段であれば見逃すはずも無い隙を晒して尚、フリーディアはそれを庇うかのようにユウキへと戦いを挑み、テミスの疲弊をひた隠しにしていた。
「ハァッ……!!」
「ッ……!!!」
「それッ……!」
だが。
テミスが再び戦いに加わるべく、剣を合わせる二人へ向けて一歩を踏み出した時だった。
猛々しい掛け声とともに、ユウキの剣が紫色の淡い光を帯び、激しい金属音を響かせて一撃でフリーディアを弾き飛ばす。
そして続く第二撃。
物理法則をまるで無視した動きで反転したユウキの身体は、そのまま斬り込んだテミスを迎撃するかのように飛び出すと、鈍い音を奏でて剣を打ち合わせた。
「チィッ……!!」
「ねぇ……大丈夫?」
「問題……無い……。――ッ!! グッ……!?」
「ぁ……ぶなッ……!!?」
そのまま鍔ぜり合うテミスに、ユウキはボソリと小声で問いかけると、固く歯を食いしばったテミスは意地の籠った声で短く返す。
しかし次の瞬間。
不意に襲った傷の痛みに、テミスがうめき声と共に体勢を崩すと、拮抗の崩れたユウキの刃が耳障りな甲高い音と共に滑る。
滑った切っ先の先にあったのは、苦痛に顔を顰めたテミスの頭で。
ユウキは咄嗟に身を捩って自身の体勢を崩すと、強引に剣の軌道を歪めてテミスを庇った。
「でも……ッ! ごめん。少し我慢してねっ!」
「っ……」
けれど、不自然に剣戟を歪めた所為で、ユウキの剣は高々と天へ掲げられており、このまま動きを止めてしまえば、周囲の目に不自然が残るのは明白だった。
故に。ユウキは小声でテミスに告げると、剣を振り上げた勢いのまま、崩れた姿勢を利用して跳ね、その場で宙返りをしながら、掬い上げるように下段からテミスへと斬りかかる。
そこには、姿勢を崩したテミスの大剣の刀身が在り、大きく傾いだテミスの姿勢を支えるように、二人は再び剣を打ち合わせた。
「っ……!!! ちょっ……凄い血……!! 傷ッ!! 開いてるよッ!?」
そうして肉薄したユウキの視界に、僅かにテミスの襟元から覗いた、赤く染まった包帯が映る。
気付いて見てみれば、テミスが身に着けている白翼騎士団の制服はうっすらと赤らんでおり、包帯から染み出た血が、身に着けている制服をも染め始めていた。
「ハァァッ……!!」
そこへ。
裂帛の気合を迸らせたフリーディアが鋭く斬り込んできて。
咄嗟に剣を払ったユウキが、直上から降り下ろされたフリーディアの斬撃を受け止める。
しかし、支えを失ったテミスの大剣はザクリと切っ先を地面へ浅く埋め、テミスの上体も崩れ落ちるように大きく傾ぐ。
「待って……! フリーディ――」
「――シッ! わかってるわ。テミス。あと一撃耐えなさい! ユウキもごめん……」
「大丈夫。合わせるよ」
「……ありがとう」
奇襲を仕掛けたフリーディアに、ユウキが慌てて声を上げかけるが、それを鋭く低いフリーディアの声が制する。
続けて、フリーディアは崩れかけたテミスに小さく力強い声で活を入れると、ユウキの言葉に礼を告げて跳び退がっていく。
「二人とも……これで幕引きよッ!!」
「ッ――来ォいッ!!!」
「……!!」
跳び下がったフリーディアは、大仰な構えと共に周囲に響く声で叫びをあげると、真正面からテミス達へ向けて再び斬り込んだ。
その声に応えて、ユウキも猛々しく咆哮をあげて剣を構え、テミスも声こそ上げるには至らないものの、ユラリと姿勢を持ち上げて引き摺るように大剣を下段に構える。
そして。
「セェェェェッ!!!」
凛と響いたフリーディアの咆哮に続いて、強烈に打ち上げられた二振りの剣が蒼空を舞ったのだった。




