1984話 三つ巴の戦い
テミスとフリーディア、そしてユウキが、互いに剣を構えて向かい合う。
激情と困惑、そして喜びと、各々が浮かべた表情に違いはあるものの、三人の間に流れる空気は緊張が満ちており、その張り詰めた空気を察した周囲の騎士たちも、訓練の手を止めて静かに状況を見守っていた。
「…………」
「ふふっ……!」
「っ……」
望外に三つ巴となった乱取り訓練は一転して激しさを失い、テミス達は高まった緊張感の中、互いに構えだけで牽制し合う。
三つ巴の戦いにおいては、先に動いた者が圧倒的な不利を押し付けられる羽目になる。
それを正しく理解しているからこそ、テミスもフリーディアも待ちに徹し、微動だにせず睨み合っているのだが……。
「フム……」
とはいえ、この身体で二人を相手にどこまでやり合えるものか……。
密かに息を吐いたテミスは、構えを崩す事なく自身の傷へ意識を向けると、胸の中でひとりごちる。
当初のテミスの算段では、このままフリーディアと派手な剣戟を演じ、団長であるフリーディアに華を持たせる形で締めくくるというものだった。
この傷付いた身体ではまだ、長時間の戦闘は負担が大き過ぎる。
『儀式』の意味合いを含むとはいえ、ただの訓練で傷を悪化させていては本末転倒だ。
だからこそ、フリーディアを躱し損ねた一撃から救ったユウキは勲章モノではあるが、同時に最大の不安要素でもあった。
「仕方が無い……ならば……ッ……!!」
こうしていつまでも睨み合っていては、一番先に体力が尽きるのは自分だ。
そう判断したテミスは、気だるげに呟きを漏らすと、一足飛びに宙へと飛び上がって斬り込んだ。
振りかざした大剣の切っ先が向けられたのはユウキで。
そこには、ユウキがフリーディアを制してしまうという大事故を防がんとする意味合いもあった。
「さっすがっ! ボクを選んでくれて嬉しいよっ!」
「あぁ! コイツは褒美代わりだ! 存分に楽しめッ!!」
空中高く跳び上がってテミスは大上段に振りかざした大剣を、ユウキへ向けて振り下ろす。
だが、大振りで容易く躱す事ができる筈の一撃であるにも関わらず、ユウキはにっこりと弾けるような微笑みを浮かべて、受け太刀の構えを以て応じてみせた。
「……っ!!」
カシィンッ! と。
ユウキの剣とテミスの大剣が交叉した瞬間、剣は甲高くも軽い金属音を奏でる。
次の瞬間。
振り下ろしたテミスの大剣はその威力の殆どを受け流され、斬撃の軌道を僅かに反らして、ユウキの構えた剣の刀身を滑り始めた。
「チィッ……!?」
この一撃をいなされてしまえば、次に襲い来るのはユウキの反撃だ。
そう直感したテミスは舌打ちと共に無理矢理体を捻ると、軌道を逸らされて地面へと突き立った大剣を軸にクルリと身を翻し、大剣の陰に身を潜める。
刹那。
「ハァァッ……!!」
「勿論……そう来るよねッ……!!!」
裂帛の気合と共に、テミスの視界の外からフリーディアが斬り込み、テミスの斬撃をいなしたばかりのユウキへと斬りかかった。
しかし、ユウキもそれを想定していたようで、今度は斬撃を受け流す事無く真っ向から受け止めると、そのまま二撃、三撃と剣戟を始める。
「……舐められたものだ」
咄嗟にリカバリーをしたとはいえ、今の瞬間で最も無防備を晒していたのはテミスだっただろう。
だというのに、フリーディアはテミスを狙わず、ユウキに狙いを付けて剣戟を挑んだ。
しかしテミスも、仮にあのままフリーディアに追撃されていても凌ぎ切る自信はあったし、事実その事態を想定しても居た。
だからこそ、まるでテミスを庇うかのようなフリーディアの選択は酷く癪だったし、自信を蚊帳の外に剣戟に興ずる二人に、胸の内で怒りに似た感情が燃え上がる。
「私だけ仲間外れとは連れないなァッ……!」
「くっ……!?」
「おっとッ……!!」
その怒りも込めて、ユラリと大剣を携えて再び立ち上がったテミスは、狂笑を浮かべて吠えると、激しい剣戟に興ずるフリーディアとユウキを、まとめて薙ぎ払うように剣を振るった。
横合いから放たれたテミスの一閃。
いち早く気付いたユウキは流れるような動きで数歩の距離を退き、素早く身を屈めて斬撃の軌道から身を逃した。
それに数瞬遅れて反応を示したフリーディアは防御を選び、今度はテミスの大剣とフリーディアの剣が猛々しく打ち合わされた。
「っ……!!」
「…………」
しかし、テミスの振るった斬撃の威力は、訓練のために加減しているとはいえ普段のものとは程遠く、剣を合わせた瞬間にフリーディアの顔色が険しいものへと変わる。
だが、二人が意思の疎通を図るよりも早く。
「ははっ!! 隙だらけだよ!!」
朗らかな笑い声と共に、身を躍らせたユウキがフリーディアと剣を合わせるテミスの背後から斬りかかった。
「悪いが、そんな物は無い」
「えぇっ!?」
そんなユウキに、テミスはクスリと不敵な笑みを浮かべて言い放つと、自身に身体に向けて一直線に振り下ろされた斬撃を、フリーディアと剣を交えた状態のまま、大剣の柄を以て受け止めてみせたのだった。




