1970話 愚の先の真実
奇妙な話だ。と。
腹を抱えて笑い転げながら、テミスは胸の内でひとりごちる。
頭の固い愚物。
足手まといにしかならない塵。
兵の数に入らぬ死兵。
それが、このモルムスと、彼が率いるフォローダ防衛隊に下したテミスの評価だった。
だというのに、その愚直さが故に、過程を全て跳び越して、正解に辿り着いているのだから面白い。
「プ……クククッ……!! 痛つつ……いかんな、あまり笑うと傷に響く……だが……クックックッ……!!」
「…………。追い詰められて気でも触れたか?」
爆笑するテミスを前に、モルムスは静かに目を細めると、冷ややかな口調で呟きを漏らす。
モルムスにとって、今眼前で笑い転げているこの騎士……否、騎士ですらない下賤な傭兵は、肩を並べて戦うなどあり得ない存在だ。
そもそも大前提として、ただ金のために戦いに参ずる傭兵など、信用できたものではない。
趨勢を決するのはいつだって、真に国を……ロンヴァルディアの未来を憂い、誇りを胸に戦う騎士の剣のみ。
戦況が窮すればいとも容易く裏切り、己の利のためにのみ動く傭兵などとは、元より住む世界自体が違う。
だからこそ、ロンヴァルディアの危機に参じた白翼騎士団の中に、混じっていた異物の存在を許す事ができなかった。
必ず裏切る。
そう確信していたからこそ、こうしてモルムス自ら卑劣な傭兵の悪事を暴くために、わざわざ危険な前線へと参じたのだ。
「フッハッハ……!! いやなに、愚物とはいえこうも筋が通っていると清々しくてな。己が正しいと信じて疑わないその手の妄信は、久しくお目にかかれていなかったんだ」
「やはり気が触れてしまったらしい。フリーディア様も何故……栄えある白翼騎士団にこのような者を加えられてしまったのか……」
「そう焦るなよ。話はまだ終わっちゃいないんだ」
「貴官の企みは全て明かされた。本来ならば、上官であるフリーディア様へ先にお話をするのが筋ではあったのだが、今更物事の順序は些事だろう。あとの処断はフリーディア様の――ッ!?」
目尻に涙すら浮かべて嗤うテミスに、モルムスは憐れみの籠った視線を向けて吐き捨てた後、新しい煙草を取り出して火を点け、煙を燻らせる。
話は全て終わり。
この企みが明かされれば、如何に白翼騎士団といえどもその責は免れないだろう。
元凶たる眼前の異物は排除され、今回の失態を理由に白翼騎士団はフォローダ防衛隊の指揮下に入る。
そう思っていたのだが……。
キン……と、澄んだ音が響いたかと思うと、数秒遅れて思考と共にモルムスの咥えていた煙草が中程で両断された。
「――話は終わっていない。そう言っただろう?」
「っ……!!? な……なッ……!!!」
「おっと、動くなよ? 助けを呼ぶのも無しだ。面倒だからな」
眼前には、不敵な笑みを湛えながら白刃を抜き放ったテミス。
モルムスには、テミスが刃を抜き放った瞬間はおろか、煙草を斬られた後も、今この瞬間までテミスが刀を手にしていたことに気付く事ができていなかった。
「貴……様……!! 今更私を斬った所で無駄だ……!! 罪を重ねるな。諦めろ。この船には多くの兵も詰めている」
「……それがどうした? この船に乗る連中全て斬り伏せる事など、私には容易い事だ」
「嘘だな。確かに貴様は腕が立つだろう。今吐いてみせた大言壮語も、あながち嘘でもないのやもしれん。だが、それも貴様が万全であればこその事だ。違うかね?」
「答え合わせがしたいのなら、試してやろうか? 面倒だがそれならそれで仕方が無い。助けを呼んでみろ」
「っ……!!」
刀を抜き放ったまま告げるテミスと、鋭さを帯びたモルムスの視線が真っ向からぶつかり合う。
言葉に込められた気迫は共に凄まじく、部屋の中に渦巻く覚悟と殺意は、息苦しさすら覚えるほどだった。
だが……。
「……止めておこう。この船に乗るのは我が隊の中でも選りすぐりの精鋭だ。捕らえられないとは思わんが、少なくない被害は出てしまう」
「見てくれに似合わす賢明だな? 意地を張るかと思ったが」
「茶番は必要無い。話は終わっていないんだろう? 聞かせて貰おうか」
鍔ぜり合う視線を先に逸らしたのはモルムスの方で。
両断された煙草を唇から離すと、モルムスは新たな煙草を懐から取り出しながら、静かな声でテミスに先を促した。
「やれやれ……あいつの領分に踏み込む気は無かったんだがな……。まぁいい、自己責任という奴だ」
しかし、真剣なまなざしで問うモルムスに、テミスは肩を小さく竦めてみせた後。深いため息を一つ吐いてから、脳裏にフリーディアの姿を思い浮かべると、呻くように嘯いてみせたのだった。




