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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第6章

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184話 少女の鉄槌

「ハァ……全く、奴等ときたら……」


 テミスは、そう独り言をつぶやくと、ファントの街をぶらぶらと散歩していた。

 その服装は、今日は鎧でも軍服でもなく、いたって普通のワンピースタイプのもので、一見しただけでは誰も、彼女が魔王軍の軍団長を務めているなどとは思わないだろう。


 何故、テミスがそんな恰好で町を散歩しているのか……。そこには、マグヌス達十三軍団の面々の、策と想いが詰まっていた。


 テミスがマグヌスとサキュドの差し入れを受け取った次の日。今度は事前にポットにコーヒーを用意して来たテミスは、夜の闇を眺めながらそれを啜っていた。そして、月が空の天辺を通り過ぎた頃。今度はハルリトがテミスの元を尋ねて来たのだ。

 それからと言うもの、毎日休暇をやった部下が代わる代わるにテミスの元を訪れ、夜の立番という退屈な時間を紛らわしていた。


「それでは、私が居る意味がないではないか……」


 少し悲し気に、テミスは唇を尖らせてひとりごちる。

 まるで私が、一人で夜の衛兵の仕事をこなせないと思われているようで、少し口惜しい。……否。奴等がそんな事を露ほども思っていない事は、誰よりも私が解っている。ただ、その心遣いがこそばゆいのだ。


「……フッ」


 不意に、テミスはその頬を緩めると、路肩で店を開いていた商人から飲み物を買って口に含む。その恰好に見覚えが無い所から推察するに、おそらくは行商人か何かだろう。


「おぉ……美味いな」


 筒状のボトルに満たされた液体を口に運ぶと、爽やかな酸味と果実のような甘みがテミスの味覚を震わせた。あの世界でいう所の、パイナップルジュースに近い味だろうか?


「これは、良い買い物をした」


 笑顔を浮かべてそう呟くと、テミスは上機嫌に再び歩を進め始める。

 本来なら、今頃は第二陣の連中が休暇に入る予定だったのだが、連中が皆口を揃えて、私が休まなければ休まないなどと主張し始めた。


「逆ストライキなんて初めて見たぞ……それほどまでに得難い連中……と言う事なのだろうがな」


 テミスは執務室に押し寄せる部下たちの事を思い返すと、軽い足取りで町の中を練り歩く。連中曰く、一番傷付き、一番功績を挙げたのは私なのだから、一番私が休むべきらしい。そして、私が抜けた穴は今、指揮系統はマグヌス・サキュド両名を中心に、休暇によって生まれた人員の空白は、休暇に出ている連中が持ち回りで埋めているらしい。


「……私も何か、差し入れてやるか……」


 ふと気が向いて、商店の並ぶ区画へと足を向けた時だった。


「オイオイ! いくらなんでもこれは高すぎるんじゃぁねぇの?」

「俺らの見てきた町じゃぁ……せいぜい半額って所だったがなぁ……? 欲をかくと良いコトないゼ?」


 通りがかった建物の中から、不穏な大声が外まで漏れ聞こえてきた。


「ハァ……そういう連中(・・・・・・)か……」


 テミスはピタリと足を止めると、店の正面に回って看板を見上げる。見たところ雑貨屋と言った風貌だが、確かここは質の良い武具も販売していたはずだ。おおかた、噂を聞きつけた質の悪い旅人連中が、無理矢理にでも値切りをさせようとしているのだろう。


「ハッ……無駄な事を……」


 そう呟いて、テミスは皮肉気な笑みを浮かべると、音も無く店の中を覗き込む。

 この店の主人は、武具を作るのが趣味などと言う堅物の親父で、こういった手合いなど今に叩き出されるはずだ。


「っ――!」


 しかし、完全に野次馬気分で不埒者が成敗されるザマを眺めようとしたテミスの思惑は、完全に外れる事になる。


「で……ですからそちらは、良質な金属のみで打たれた、粘り強く、折れにくく、よく切れる剣でして……十三軍団の一部の方にもご愛用頂いている逸品なのです」

「だからってよぉ、タダのロングソードに変わりはねぇんだ。相場の二倍ってのはアコギじゃねぇの」

「二振りで閃貨一枚……今までふんだくって来たんだ。それで決まりだな」

「む……無理ですよぉ……怒られちゃいます」


 覗き込んだテミスの視線の先では、大柄な魔族二人が、華奢な人間の少女一人を相手に詰め寄っていた。辛うじてカウンターを挟んではいるものの、魔族の手は少女の肩に置かれており、完全に脅迫する体制が整っている。


「好奇心だったが……覗いてみて正解だったようだな」

「あぁ!?」

「っ――!」


 テミスは一つため息を吐くと、わざと音を立てて店の扉を開き、店内へと姿を現す。商売にこう言ったトラブルは付き物だが、流石に自分の統治している町でこのような蛮行を見過ごすわけにはいかない。


「悪ィな姉ちゃん……。ちっと今取り込み中なんだわ……出直してくれよ……な?」

「フン……」


 テミスの姿を認めた魔族の片割れが、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらその肩に手をのせて威圧する。

 しかし、テミスはそれをただ鼻で嗤っただけで、不敵な笑みを湛えているだけだった。


「おぉっと……怖がらせちまったかね? こりゃ……良く見りゃ人間だてらに美人じゃねぇか。どうだ? この後酒でも」

「プッ……クク……」


 調子のいい言葉を垂れ流し続ける旅人に、テミスは思わず肩を震わせて笑いを漏らした。コイツ等はどうやら、情報すらマトモに届かない程の辺境を旅していたらしい。それに、先ほどから顔を赤くしたり青くしたりしている、店番の少女の表情が可愛らしくて堪らない。


「なぁに……怖がるこたぁねぇさ。なぁ?」

「ああ、そうとも。別に何もコワい事なんざないさ。タノシイ事はあるかもだがな?」


 旅人たちはガハハと下品な笑い声をあげると、薄金色の硬貨を一枚少女の居るカウンターへと放り投げて、テミスを取り囲むように立ち並んだ。そして、少女の方を振り返ると、上機嫌に捨て台詞らしい言葉を叩き付ける。


「まぁ、そう言うこった。良いモンだったら宣伝してやっからよ。じゃ、行こうか嬢ちゃん」


 旅人たちは、笑いながらテミスの両肩に手をかけると、そのまま有無を言わせぬ態度で店の外へと誘おうとする。


「――あん?」


 しかし、男たちが力を込めたにも関わらず、テミスの足は一歩も動かないどころか、その状態を反らす事さえできなかった。


「クク……どうした? 何か不思議な事でもあったか?」

「っ――い……いやっ……」

「っ!? このっ……!」


 薄笑いを浮かべたテミスが問いかけると、驚いたように目を丸くした旅人たちは顔を赤くしてテミスの肩に力を込める。だが、どれだけ全霊の力を込めようとも結果は変わらず、涼しい顔をしたテミスは店の奥へと目を向けると愉し気に声をかけた。


「今後、このような連中が来たら迷わず衛兵を呼ぶが良い。何なら、叫び声を上げて助けを求めても良い……その為に我々は日々巡回をしているのだからな」

「なっ――」

「コイツッ――!?」


 テミスの言葉に、少女はコクコクと頷いた。そしてようやく状況を理解したのか、テミスの両肩に手を回していた旅人たちの表情が僅かに変化する。


「諸君。改めて自己紹介をしようか……魔王軍第十三軍団軍団長のテミスだ。それで……? 我が町の商店が何か?」


 テミスはそう言いながら、旅人たちが手に持っていた真新しい剣へと手を伸ばす。

 しかし、旅人たちは素早く一歩後ろに下がると、剣を掲げて大笑いを始めた。


「ブハハハハッ! 嘘も大概にしろってんだ! 嬢ちゃんが軍団長だって? ハハハハッ! 俺達を笑い死にさせるつもりかよ?」

「ハッタリにしちゃぁ威勢の良い方だが、そんな恰好で凄まれてもなぁ……信じろってのが無理なモンさ」


 旅人たちは大笑いをしながらも掲げた剣を下ろすと、片手で微かにその鯉口を切っていた。しかし、その動きをテミスが見逃す筈もなく……。


「クククッ……生憎今日は休みでね……。それに、その剣は十三軍団(ウチ)の連中も愛用しているそうじゃないか。ならば、貴様等のようなチンピラに二束三文で持っていかれては困るんだよ」

「っ――何ィ……? 今お前、なんて言った?」


 嘲るようにテミスが旅人を挑発すると、爆笑していた彼等の顔つきが怒りの表情へと切り替わる。

 この世界に来てからというもの、舐められたり侮られるといった状況に縁が無かったせいか、なかなかどうして新鮮な気分だ。


「悪ぃが嬢ちゃん……オタノシミは取り消しだ。ちっとばかし、怖い目に遭ってもらうぜ」

「ヒヒッ……なぁに、逆らわなけりゃ大して痛くはねぇさ」


 旅人たちは下卑た笑みを浮かべると、中程まで抜いた剣をテミスに見せつけるようにしてゆっくりと詰め寄る。一方で、相も変わらず不敵な笑みを浮かべ続けるテミスは、丸腰のまま旅人たちが近付いてくるのを待ち構えていた。


「――ウッ!?」

「ゴボッ……!?」


 そして、男たちがテミスの射程圏に入った刹那。白銀の残像を纏ったテミスの両拳が、深々と旅人たちの腹に突き刺さっていた。


「フンッ!!」


 ゴギンッ! と。腹を突かれて前屈した旅人たちの後頭部に、容赦のない肘が振り下ろされる。

 すると、テミスの攻撃を受けた旅人たちの体は、そのまま糸の切れた人形のように音を立てて床に崩れ落ちたのだった。


「ホラ……」

「っ……! あ、ありがとう……ございます……テミス様ッ!」

「なに。偶然だ。気にするな。コイツ等は私が処理をしておこう」


 テミスは旅人たちの手から剣を拾い上げると、鞘に収めてカウンターの上へと戻して、少女に声をかける。そして、その返事を待つことなく、旅人たちの襟首を掴んで店の外へ出るべく引き摺って行った。


「あのっ! テミス様ッ!」

「……ん?」


 テミスがその戸口を開いた時、後ろから少女の大きな声が店内に響き渡った。


「凄くカッコ良かったです! 本当にありがとうございますッ!」

「フフッ……いつも助けてやれる……と言いたい所だがな、残念ながらそうもいかん。助けを求める事も、大切だぞ?」

「ハイッ! あの……これは……」

「フハっ……!」


 目を輝かせテミスの言葉に大きく頷いた少女が、気まずげに旅人たちの放り投げた閃貨をテミスへと差し出した。健気と言うかなんと言うか……あの主人から何をどうやったらこんな可愛らしい子が生まれるのか……。そんな事を想いながら、テミスは噴き出した笑みを歪めて不敵な笑みへと作り変える。


「怖い目に遭ったんだ……迷惑料として貰っておくと良い。私が、軍団長の名の元に許可する」


 テミスはそう言い残すと、ズルズルと旅人たちを引き摺りながら店を後にしたのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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