1960話 荒くれたちの酒宴
テミスにユウキ、そしてフリーディアとユナリアスを加えた湖族たちの宴は、類を見ない程の大盛り上がりを見せていた。
雑然と並べられた食卓代わりの樽の上には、所狭しと酒や料理が並び、戦勝と勇戦を称えて凱歌や雄叫びがそこかしこであがっている。
そんな会場を眺めながら、テミスは止めどなく注がれ差し出され続ける酒杯を片手に呷りながら、籠一杯に盛られた魚たちをひたすらに揚げ続けていた。
「……ったく。私は招待客じゃなかったのか? そもそも、本当に怪我人を引っ張ってきて料理をさせる奴があるか」
シュワジュワパチパチと小気味の良い音を奏でる鍋を前に、テミスは不平不満を口にするも、会場を眺める瞳は優しさを帯びており、誰の目から見てもその心の内は明らかで。
だからこそ、傍らで補助を担当する湖族の料理人も、慌てふためく事なくにこやかな笑みを浮かべている。
その視線の先では……。
「さぁさ! 今夜はじゃんっじゃん飲んでくれ! アンタのすげぇ指揮が無けりゃ、俺たちゃ今頃、湖の藻屑だったんだ!!」
「だから指揮をしていたのはフリーディアで私ではな―――って、うわ……! うわわっ……!! こぼ……こぼれるッ……!!」
「いいんだよぉ! 細けぇことはさ!! 勝ったら飲む! 騒ぐッ!! それだけが勝者の特権で、散って逝った奴等への餞ってヤツだぜ!!」
「っ……! 餞……。そうか……そうだね……うん……。っ……!!」
「おぉぉぉ!! さっすがノラシアス様の娘サンだなぁっ!! イイ飲みっぷりじゃねぇか!!」
「っ……! ッ……!! ッ~~!!! ぷはぁっ……!! こ……これで少しばかりではあるけれど、餞と――」
「――よっしゃ良いねぇ!! 次だ次ィ!! お~い! 男共!! 誰かユナリアス様と飲み比べようって気概のある奴ァ居ねぇのかい!?」
「はぁっ……!? 待ってくれ! さっきと話が違ッ……!!」
「応とも!! ユナリアス様ァ! 不肖このアルーク! 挑ませていただきやすぜ!!」
こういった乱雑な宴には不慣れな様子のユナリアスが、酒に顔を赤らめた湖族たちに囲まれて慌てふためいており、騒ぎ煽り立てる湖族たちに乗せられて、飲み比べに興じ始めていた。
尤も、周囲の湖族たちも幾ばくかは弁えているようで、ユナリアスの傍らを固めているのは女湖族であったり、酔いの回り始めた者を別の席へと追いやったりと気を利かせている。
そして、そこから少し離れた席では……。
「あっはは! じゃあ次はボクの番だね!! それッ!」
「ひぃぃっ!!」
「ひゅゥ~……。ド真ん中一発……鮮やかだねぇ……魅入っちまった……。端っこにギリギリ当たったアンタとは腕が違うよォ!」
「クゥッ……!! 負けだ負けぇ!! こうなったら幾らでも飲んでやらァ!! さっさと一杯持って来ォい」
「おぉ~!! 凄い凄い!! 一気に全部飲んじゃった!!」
「へへ……! なら、次はアタイの番だよ!! 次は三本だ! 先に三本、アイツの頭の上のリンゴに当てれた方が勝ちな!!」
「おっけぇ~! ……じゃなくて、うんわかった!! じゃあまずは……ボクが先に一本っ!!」
「うひぃっ……! オォイいい加減誰か代わってくれよォ~!! これじゃあロクに酒も飲めねぇ!!」
「うるさいねぇ!! アタシが負けたら代わってやるから! ちっと黙ってなッ!!」
「ほぎゃぁッ!!! この馬鹿女!! ちゃんと狙いやがれ!! 耳!! 今、耳掠めたじゃねぇか!!」
厳つい見た目の荒くれたちを相手にしても尚、持ち前の朗らかさを発揮して騒がしさの中心と化しているユウキが、如何なる紆余曲折を経たのか、負けたら酒を一杯飲み干すルールらしきナイフ投げ大会に興じており、ひと際賑やかな空気を作り出していた。
だが、大盛況を見せる宴会であるにも関わらず、ただ一人そこに巻き込まれているはずのフリーディアだけは、何処にも姿が無かった。
「…………」
当然それに気付かないテミスではなく。
時折視線をチラチラと出入り口の扉へと向け、誰にも気づかれる事無く抜け出す機会を窺っていたのだが……。
その時、宴会に興じる面々の中でさり気なく周囲を見回したロロニアが、気配を殺して出入り口のドアへとにじり寄ると、スルリと宴会場から抜け出ていった。
無論。逐一会場の様子に気を配っていたテミスは、その姿もしっかりとその目で追っており。
「フッ……お節介な奴め……」
クスリと頬を歪めて笑みを浮かべながら呟きを零すと、新たに数匹の下ごしらえの終わった魚をつまみ上げ、眼前の鍋の中へと放り込んだのだった。




