1959話 企みの結末
人の目を盗んで夜の闇をすり抜け、先導するユウキの背を追ったテミスは、無事に誰の目にも触れる事無くロロニアの船へと辿り着いた。
しかし思えば、暗闇の中で揺れるランタンを見付け、湖族の男の出迎えを受けた時に気が付くべきだったのだ。
何かがおかしいと。
けれどそれも後の祭り。
ユウキと共に案内されたロロニアの船の一室でテミス達を待っていたのは、背後に修羅でも幻視してしまう程の迫力を纏いながらも、穏やかな微笑みを浮かべたフリーディアと、その傍らで苦笑いを浮かべているユナリアスだった。
「フリー……ディア……!? 何故……お前達がここに……? ッ……!!」
「っ……! っ……!!」
扉を開けた瞬間、驚きの声をあげて凍り付いてしまったユウキの傍らで、テミスもまた驚愕に表情を歪めながら、微かに震える声を漏らす。
同時に、部屋の奥で酷く気まずそうに酒のジョッキを傾けるロロニアへチラリと視線を向けるが、それだけで意図を察したロロニアは即座にぶんぶんと首を横に振って容疑を否認した。
「言っておくけれど、ロロニアさんじゃないわよ?」
「だったら何故ッ……!!」
「何故って……。いくらお仕事が忙しくても、宴会の準備なんかしていたら気付くわよ」
「ロロニア殿たちが宴会をするのならば、テミス殿に声を掛けない訳が無い。いや、むしろこの宴会自体がテミス殿の差し金だ! ……フリーディアがそう言って聞かなかったんだ」
「っ……!!!」
「貴女の事ですもの。そろそろ暇を持て余して悪巧みに走る頃だと思っていたわ? だから、待たせて貰ったの」
「チィッ……!! …………。ハァ……」
勝ち誇った笑顔を浮かべて告げるフリーディアを前に、テミスは驚愕覚めやらぬ脳裏で現状を切り抜ける策を弄する。
だが、この部屋へと足を踏み入れた時点で、もはや状況は現行犯逮捕に等しく、勝負は既に決していた。
この状況を覆すのは、どう足掻いた所で不可能だろう。
早々にそう悟ったテミスは、ピシリと掌を額に当てて深いため息を吐くと、忌々し気な半眼をフリーディアに向けて言葉を続ける。
「わかったよ。降参だ。それで? 無慈悲で堅物のお前は、わざわざ仕事を放り出してまで、私を連れ戻すためにここで待っていたという訳だ」
「あ~……」
「貴女ねぇ……私を何だと思っているのよ!! そんな無駄なことしないわ! そういうこと言うのなら、本当に連れ帰ってあげましょうか?」
しかし、悔し紛れにテミスがありったけの皮肉を込めて告げると、苦笑いを浮かべたユナリアスが更にそれを深めると同時に、ビキリとフリーディアの額に青筋が浮かぶ。
そして、フリーディアは湧き上がる怒りを抑え込むかのように、ピクピクとこめかみを痙攣させながらテミスを睨み付けて言い放った。
だがそれは、元々フリーディア達がここで待ち構えていたのは、テミスを天幕へと連れ戻すためではないと告げていて。
「ならば何の為だと……。さっきからそう聞いているだろうが……」
「なにって……決まっているじゃない! ユウキよ!」
「ふぇ……!?」
「はぁ……?」
持って回ったフリーディアの言い方に、苛立ちを露にしたテミスが低い声で問いを重ねると、フリーディアは唐突に凍り付いたまま息を殺していたユウキの腕を取って引き寄せて朗々と宣言する。
けれどその宣言は、名を挙げられたユウキにもテミスにも予想だにしていなかったもので。
素っ頓狂なユウキの声と、テミスの疑問符が重なって響く。
「まだ仮とはいえ、ユウキも白翼騎士団の一員としてこれから一緒に肩を並べるのよ? だからその歓迎会! だから仕方が無いけれどテミス、貴女の参加も認めるわ!」
「え……? えぇ……っ!? そ、そんな! ボクはただ――」
「――悪いがこれは決定事項だ。だが……君がどうしても嫌だというのなら、仕方が無い。残念だけど、彼女には安静のために天幕へと戻って貰うことになるね……」
「へぇぇっ……!!? ど……どうしよう……テミスぅ……?」
二人の疑問に答えるように、胸を張ってフリーディアが告げると、狼狽えたユウキは両手を振りながら歓待を辞退しようと声をあげかけた。
だがその声も、フリーディアの横合いから進み出たユナリアスによって封殺され、ユウキは再び素っ頓狂な声をあげてテミスへ助けを求める。
つまるところ、宴会の気配をフリーディアに気取られた時点で全て、掌の上だったという訳だ。
うるうると涙を溜めた目で、ユウキに視線を向けられたテミスは、溜息と共に肩の力を抜くと、クスリと穏やかな微笑みを浮かべてみせた。
そして。
「どうするも何も無い。悔しいが、今回はフリーディアの奴にしてやられたらしい。私もここまで来てベッドに逆戻りは勘弁願いたいからな。ここは素直に言う事に従っておくとしよう」
肩を竦めて嘯いてみせると、テミスは身体を捌いて招き入れる姿勢を見せたフリーディアの傍らをすり抜けて、宴会場の中へと足を踏み入れたのだった。




