幕間 ただ、人類のために
「これは一体……どういうことですかッ……!!!」
テミスたちがパラディウム砦再建の任を受け、フォローダの町を発った翌日。
フォローダの町に関する全権を持つノラシアスの元には、怒り心頭といった様子のモルムスが怒鳴り込んできていた。
「どういう事……とは? 君ともあろう者が冷静さを欠くとはらしくないな、モルムス司令。質問は具体的にしてくれ給え」
「ッ……!!! スゥ~……ハァ……っ……!!」
だが、ノラシアスは飄々とした態度で言葉を返すと、モルムスへ一瞥すらくれる事無く、手元の書類を捲り上げる。
そんなノラシアスに対し、モルムスは目を見開いて怒りを堪えた後、長い深呼吸を経てからゆっくりと口を開いた。
「……巨大戦艦の調査の件です!! 何故、事もあろうに蒼鱗騎士団……ユナリアス様へお任せになられたのですかッ! しかも、白翼騎士団まで共に向かわせたと……!」
「ウム。それが最善だと判断したまでだ」
「この件は前々より! 我々が提言していた任務ですッ!! これがどれほどの重要度を持つかなど、ノラシアス様におかれましては、説明して差し上げるまでもなくご理解いただけているものだとばかり考えておりましたが……ッ!」
「無論だ」
「ならば何故――」
「――モルムス司令。君たちに課せられた最優先任務はこの町、フォローダの防衛だろう」
「っ……!!」
「現在、状況は逼迫している。君たちに調査へ回す事のできる戦力の余剰など、私は皆無であると理解しているが?」
「そ……それはッ……!!」
「モルムス司令。私も、君の心情は理解しているつもりだ。だが、先を見据えて足元を疎かにしてしまえば、我々に未来は無い」
「ノラシアス様っ……!!」
怒るモルムスを制したノラシアスは、淡々とした口調で理路整然と理論を並べ立て、反論の余地すら残さんと言わんばかりにそう断言した。
そこに滲んだ統治者としての苦悩の香りに、モルムスは鋭く息を呑むと、びしりと身を正してノラシアスの名を呟き零す。
「私はフォローダ家の当主として、王家より与えられた、この町を守護するという役割を果たすためならば何でも利用する。それがたとえフリーディア様であろうと、我が娘であろうとな」
「ッ……!!!! し……失礼……いたしましたッ……!! ノラシアス様にそれほどまでの覚悟があられようとは……」
「フ……構わん。君の献身と誇りは良く知っている。頼りにしている」
「ハッ……!! 失礼致しますッ!!」
続けて刻々と言葉を紡いだノラシアスに、モルムスは途方もない驚きと衝撃を以て身を震わせると、色を失って頭を下げ、心からの謝罪を口にした。
そんなモルムスに、ノラシアスは鷹揚な態度で頷いてみせると、姿勢を正したモルムスは燃えるような情熱を目に宿して下がっていった。
「フゥ……若いな……まだまだ……」
退出したモルムスを見送った後、ノラシアスは音も無く差し出された紅茶のカップに口をつけると、穏やかに口元を緩めて不敵に微笑んだのだった。




