1955話 意趣返しに浴して
アイシュとの戦いの後、フリーディア達の手によって保護されたテミスは、ズキズキと身体を蝕む鈍痛を耐えながら、パラディウム砦の仮拠点まで帰投した。
その途中、頑なに譲らないユナリアスによって手ずから治療を施されたものの、傍らではフリーディアがつけっ放しにしたテレビの如く説教を垂れ流して離れなかった所為で、テミスの負った傷には通常の治療しか施される事は無かった。
故に。
戦闘によって疲弊したテミスは軍港から仮拠点まで、自身の足で歩く事さえ叶わず、フリーディアの命令によって準備された担架での帰還を果たす羽目になった。
無論。その姿は共に帰投する騎士達の目に晒される事になり、戦が終わり少なからず気が緩んでいた騎士達の中には、無類の強さを誇るテミスが重症を負った意味を理解して顔を青ざめさせる者や、浅薄にも今回の戦場に姿を表さなかったテミスの怪我を嘲笑う者も居た。
「……フリーディアの奴め。クソ……私を利用しやがって」
そうこうしてねぐらである天幕へと戻ったテミスは、早々に設えられた簡易ベッドへと押し込まれ、忌々し気に呟きを漏らす。
だがその四肢は、怪我をしている時くらいは無理やりにでも安静にさせるというフリーディアの方針により、安静とは程遠い鎖によってベッドへと結わえ付けられており、テミスは満足に寝返りをうつ自由すら奪われていた。
「ったく……こんな真似をして催したらどうするつもりなんだ。困るのは自分達だろうが」
天幕の外から聞こえてくる騒がしさに耳を傾けながら、テミスは苛立ち紛れに舌打ちをすると、仄暗い天幕の天井を見上げて溜息を吐いた。
今更どう足掻こうとも、フリーディアの小賢しい策略の所為で、私の怪我の程度は駐留部隊中に知れ渡っている事だろう。
ならば、例え衆目から逃れる事が叶った今、能力を用いて治療を施した所で、痛みこそ消えはするだろうが、出歩くのは控えるべきだ。
ここがファントならば、魔法を用いての超速治癒を施したなどという大法螺も真実となるが、魔族領を遠く離れたこの地ではその手を使う事もできない。
つまり、怪我の程度が知れ渡ってしまっては打つ手はなく、蒼鱗騎士団の面々やロロニアたち湖族との間に不和や不信を抱かせない為にも、しばらくの間大人しくしているしかないのだ。
「やれやれ……私としては、化け物だの人間に非ずだのと誹りを受けようが知った事ではないが……」
チャリ……と。
拘束された手を僅かに動かして鎖の音を奏でながら、暇を持て余したテミスはボソリとひとりごちる。
そもそも、明言を避けてこそいるものの、蒼鱗騎士団のトップであるユナリアスも、湖族のロロニアもテミスの正体を察してはいない筈がない。
ならば連中の部下共が何を囀ろうとも、さして意味など無いだろう。
せいぜいテミスへの疑心が多少士気の低下を招くやもしれないが、それならそれでテミスを部隊運用の前提から外し、単独で動かせば良いだけの話だ。
「ま……良いさ。こんな拘束などあって無いようなもの。ならばせいぜい、好きなだけ惰眠を貪る事ができる休暇を与えられたと思おう」
クスリと不敵の微笑んだテミスは、自らの両腕を戒める鎖に能力を流し込んで形を変えて縛から解き放つ。
そして再び、ベッドを彩るアクセサリと化した鎖に触れて形を戻し、頭の後ろで枕代わりに手を組んでみせる。
当然。
治療は施したものの、貫かれた傷の残る肩や切り刻まれた腕が、抗議を叫ぶように痛みを発するが、テミスはその一切を黙殺して、今頃は必死で戦後処理に追われているであろうフリーディア達へ想いを馳せた。
「いい気味だ。せいぜい馬車馬の如く執務に励むんだな」
きっと今頃は、フリーディアとユナリアスは二人揃って、今回の交戦についてロンヴァルディア本国とフォローダへ向けた報告書に忙殺されている頃だろう。
今回の戦いで傷付いた艦艇の修理は急務だし、それに伴って不足している物資の輸送も早急に引き出す必要があるはずだ。
加えてフリーディアには、大きな戦果を挙げたとはいえ、脱走したユウキの処遇に関しての処理もある。
唯一の救いといえば、この戦いでネルードの出鼻を挫いた形となったため、しばらくの間はヴェネルティ側が攻勢に出る可能性は低いだろうという事だ。
とはいえ、それを踏まえたうえでも、少なく見積もった所で今夜の徹夜は免れまい。
そんな僅かな復讐心を胸に嘯くテミスが静かに目を瞑ると、天幕に覆われた夜空で、一筋の流星が瞬いたのだった。
本日の更新で第二十九章が完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第三十章がスタートします。
睨み合うロンヴァルディアとヴェネルティ、熾烈なパラディウムでの戦いを勝利で収めたテミスたちを待っていたのは、フォローダ守護する正規兵たちとの折衝でした。
ロンヴァルディア側の戦力の増強は急務。しかし、そこには新たな戦禍を予期させる思惑も見え隠れしています。
フリーディアとユナリアスは方々へと駆け回るものの、妙案を引き出すことはできず、テミスの出した強行策によって白翼騎士団は死兵の憂き目を免れます。
しかし、流れた先は先の戦いで壊滅したパラディウム砦で。対ヴェネルティ戦線の最前線でもあるこの地は厳しく、さまざまな困難がテミスたちを待ち受けていました。
襲い来るネルード公国からの刺客であるアイシュに加え、強大な戦力となる呪法刀の存在。
艦隊としての戦力だけでなく、テミスと対等に相対する事のできる将兵は、パラディウム砦を再建するという任務を帯びたテミスたちにとって、大きな障害となって立ちはだかります。
両国の戦争の狭間から見え隠れするさまざまな策謀の数々。
どうやら、ヴェネルティ連合も一枚岩という訳では無いようです。
そこで、アイシュの勧誘を逆手に取り、ヴェネルティの足並みを乱す攻勢を誘ったテミスの策は成功を収め、敵の捕虜であった勇者ユウキの助力も取り付けました。
さまざまな思惑が蠢くロンヴァルディアとヴェネルティ連合の戦いは、この先どうなっていくのでしょうか?
続きまして、ブックマークをして頂いております883名の方々、そして評価をしていただきました148名の方々、ならびにセイギの味方の狂騒曲を読んでくださっております皆々様、いつも応援してくださりありがとうございます。
戴いた感想も重ねて読ませていただき、作品制作の力の源とさせていただいております。併せて深く御礼申し上げます。
さて、次章は第三十章です。
ネルード公国の有する力の一端を垣間見たテミスたち。
強力な兵器たる呪法刀に、それを作り出したという『先生』なる存在。
加えて守るべきフォローダの町で渦巻く様々な意思。
激化していくであろう、ロンヴァルディア対ヴェネルティ連合の戦いはどのような展開を見せるのでしょうか?
テミスとアイシュの間に生じた因縁の行末やいかに……?
セイギの味方の狂騒曲第30章。是非ご期待ください!
2025/1/27 棗雪




