1945話 天を駆ける
爆炎が舞い上がり、ユウキの小さな体躯がその中へと消えた後。
フリーディアたちの乗る艦に、砲弾が降り注ぐ事は無かった。
かわりに、パラパラと細かな金属片が舞い降りて来るだけ。
「嘘……そんなっ……!!」
ユウキの手によって守られた機関の艦橋で、僅かに遅れて報告を受けたフリーディアはガタリと音を立てて立ち上がると、鋭く息を呑んで大きく目を見開いた。
視線の先には、今もなお黒煙がもうもうと空間を覆い尽くしている。
「アイツッ……!!!」
甲板に立つコルカもまた、驚きと衝撃に身を委ねながら、ただ茫然と爆炎に包まれた空を見上げる事しかできなかった。
コルカとユウキの間には直接の面識など無い。
けれど、ユウキがコルカの傍らを駆け抜けていく一瞬。
確かに見せていた満面の笑みは今もコルカの目に焼き付いていて。
「クッ……!!」
悔しさと不甲斐なさにコルカは固く歯を食いしばると、頭上に立ち込める爆炎から逃れるかのように視線を外した。
自分達を救った少女が誰であるかも、その名前すらコルカにはわからない。
けれど一つだけ言えることは、きっともうあの少女と顔を合わせることはできないだろうという事だけ。
あれだけ強烈な爆発だ。あれを直接の剣撃だけで防ごうとすれば、恐らくはテミスであってもただでは済まないだろう。
あの無双を誇るテミスでさえ厳しいのだ。
名前も知らぬあの少女の生存は絶望的。
旗艦に乗る誰もが、そんな思いを胸に抱いた時だった。
「よっ……! っとっと……とぉっ……!!!」
「……ッ!!?」
ぼふんっ……! と。
上空を包む爆炎の中から、一つの小さな人影が旗艦を目がけて墜ちて来たかと思うと、快活な掛け声とともに空中でヒラリとその身を翻し、コルカから少し離れた甲板へと着地する。
しかし、着地の勢いを殺しきる事ができなかったのか、ユウキは駆け出すように船の端へとたららを踏み、すんでの所で甲板の上に留まった。
「お……お……お前……!?」
「んっ……? あっ! 魔法使いのお姉さん!! お姉さんの魔法、とぉっても綺麗で凄かったよ!」
「はぁ……!? いや、そうじゃなくてだな……!」
「でも大丈夫。あとはボクに任せて! だからまた後で。今度は隣でお姉さんの魔法、見せてねっ!」
驚愕に驚愕を重ねるコルカに、ユウキは小動物を思わせる軽いステップでぴょこんと駆け寄ると、目をキラキラと輝かせながら明るい声で賞賛を告げる。
だが、こんな状況で手放しの賞賛を受けたとて、コルカの混乱はますます深まるばかりで、ただ困惑の声をあげ続ける事しかできない。
けれど、そんなコルカに構う事無く、ユウキはにっこりとした笑みを向けて一方的に言葉を紡ぐと、再びその身を翻して艦の舳先へ向けて駆け出して行く。
「あっ……! おい……!!」
その勢いは、コルカが呼び止める暇すらなく。
肩で風を切って走りながら、ユウキは再び大上段に剣を構えると、薄っすらと青い燐光を帯びた剣技の勢いを利用して宙を駆けた。
その視線の先に捉えているのは、次弾を装填しながらフリーディアたちの艦に狙いを定め直しているヴェネルティの艦隊で。
「これ以上はもう、やらせないよッ!!」
宙を駆けたユウキはその勢いのまま敵艦の甲板へと乗り移ると、猛々しい叫びをあげて新たな構えを取る。
すると、剣は黄金色の燐光を帯びはじめ、次の瞬間にユウキが激しく腕を振るうと、鎌首をもたげる蛇の如く、ゆっくりと動いていた砲身が軽い音を奏でながら細切れになって落ちた。
「よしッ! 次っ……!!」
ガシャン! ガランッ! と。
激しい断末魔の音と共に鉄くずと化した砲身の前で残心を終えた後、ユウキは再び駆け出して新たな砲身を微塵に刻む。
それを数回も繰り返せば、ユウキの乗り込んだ船は全ての砲身を失い、ただ航行する事しかできない無力な船へと変わった。
「これでよしッ! じゃあねッ!!」
攻撃手段を破壊され尽くしてようやく、剣を手にした防衛部隊が甲板へとなだれ込んで来るが、その頃には既にユウキは甲板の端に立っており、朗らかな笑顔と言葉を残してその身を宙へと躍らせる。
だが、それは決して防衛部隊から逃れるために水面へと身を投げた訳ではなく。
空中で再び剣を構えたユウキは、次の船を無力化すべく、再び剣技を用いて宙を駆けていく。
「もう誰にも、悲しい思いなんてさせない! ボクが皆を守ってみせる!!」
そんな叫びと共に爛々と輝くユウキの瞳には、燦然と輝く誇り高き意志が宿っていたのだった。




