1940話 見下ろす瞳
フリーディア率いるパラディウム防衛隊が奮戦を繰り広げる最中。
戦域のはるか上空から、一つの小さな影が戦況を見下ろしていた。
「やれやれ……ね。食い止めてはいるけれど、ギリギリも良い所じゃない」
独り部隊を離れたサキュドは、ボソリと溜息まじりの感想を漏らすと、退屈そうに空中で身を翻す。
その背中には、サキュドの小さな体躯には不釣り合いな剣が背負われている。
だが、武器を携えてこそいるものの、サキュドはただ冷ややかな瞳で戦場を見下ろすばかりで動く事は無く、彼女の旗下である飛行部隊の者が眼下の敵艦へと突撃を果たしても、ただのんびりと眺めているだけだった。
「つまらない指揮。慎重すぎるのよね。せっかく勝機も見えたっていうのに、ぜぇんぶ台無しにしちゃって。テミス様ならこうはならないわ」
くるり、くるり。と。
サキュドは気の向くままに空中で回転を続けながら、誰はともなしに文句を零し続ける。
尤も、本当にフリーディアが勝利をもぎ取ってしまいそうになった時は、事前にテミスから聞かされていた作戦を実行するために、戦況をヴェネルティ側へと傾けるべく細工をしなければならなかったのだが。
「コルカも災難ね。流石に同情するかも」
眼下で轟く爆発音に合わせて、サキュドはゆらゆらと僅かに左右に揺れると、旗艦から放たれる魔法を見据えて呟きを漏らした。
確かにコルカは、テミス様が見出しただけはあって、黒銀騎団の中でも突出して魔法の腕が立つ。
けれど、その正確な狙いは、敵から放たれた砲弾を狙い撃つために磨かれたものではなく、遠距離からでも正確に敵を撃滅する為に研ぎ澄まされた、彼女の誇るべき牙だ。
それをああも、盾のように扱われてしまっては、さぞ鬱憤が溜まっているに違いない。
「マグヌス……アンタがこれを見たら、なんて言うのかしらね?」
サキュドはふと、もう一人の副官であるマグヌスの顔を思い浮かべてクスリと笑うと、視線を彼方へと向けて語り掛ける。
彼が前線で戦っていた頃から、同じテミス様の副官という立場に在りながらも、見ている方向は真逆だったように思う。
テミスさまが不在の折に、二人で町の防衛戦の指揮を取った折には、守りを固めるべきだと言って譲らないマグヌスと、真っ向から意見を対立させたものだ。
そんなマグヌスなら、この戦い方を称賛したのだろうか?
……きっとしないだろう。
自らへそう問いかけてみるも、即座に答えを出したサキュドは、皮肉気に頬を歪めて眼下へと視線を戻す。
『あの時』と今とでは、状況が決定的に違う。あの防衛戦は、如何に街の住人を守り切るかというものだった。
対する今は、フリーディアが必死に守ろうとしているあの砦はもぬけの殻で、たとえコルカの龍星炎弾が炸裂したところで、大した被害は出ないだろう。
「そうやって、大した力もないクセに、アレもコレも守ろうと手を伸ばしているから、たった一つの守りたいものですら守れないのよ」
この状況をマグヌスが指揮を執ったならばきっと、打って出る。
どこか確信めいた思考と共に、サキュドは冷ややかな眼差しを眼下の機関へと向け、まるで蔑むかのように吐き捨てた。
瞬間。
コルカの放つ迎撃魔法が撃ち漏らした一発が着弾し、轟音と共に船体から黒煙が立ち上り始める。
もしもマグヌスが指揮を執っていたのなら。
最初の奇襲を撃退した時点で一気に攻勢に転じ、崩れた手敵陣を分断しただろう。
そうなれば、敵は空いたあの島へと逃げ込む他に手は無く、一か所に敵が集結したところにコルカの龍星炎弾を叩き込んでやれば、島の一部は吹き飛ぶかもしれないが、趨勢を決するに十分な打撃を与えることはできる筈だ。
「ま……別に、アタシとしては楽で良いのだけれどね……」
機関が被弾した事で動揺したのか、ユナリアスの護衛艦が攻撃の手を緩め、有する火力を迎撃に割き始める。
それを見たサキュドは、肩を竦めて溜息を漏らした後、まるで水の中へ潜るかの如く、頭を下へ向けて急降下の姿勢を取った。
そして……。
「それじゃあ、そろそろアタシもお仕事を始めようかしらねっ!!」
サキュドは皮肉気に微笑んだままそう嘯くと、黒煙を立ち昇らせる旗艦へ向けて、凄まじい勢いで急降下していったのだった。




