1939話 破滅への道
同時刻。
アイシュの差し向けたヴェネルティ艦隊と相対するフリーディア達は、獅子奮迅の奮戦を見せていた。
突破力こそ弱いものの、最前で卓越した技術により放たれた砲弾を尽く躱すロロニアの船。
その後ろに控えるのは、圧倒的な火力と射程を誇る魔法使い部隊を乗艦させた、ユナリアスの護衛艦。
そして、最後方から前を行く二隻を、ひと際精密な魔法砲撃にて守るのは、フリーディアが指揮を執る旗艦。
このたった三隻の戦艦が、この場に存在するロンヴァルディアの全戦力ではあったものの、フリーディアの指揮の元で三位一体の動きを以て、ヴァネルティ艦隊と渡り合っているのだ。
加えて、サキュドが不在ではあるものの飛行部隊の活躍も目覚ましく、対空戦闘などという概念すらないヴェネルティ艦に空から降り立っては、内部から蹂躙の限りを尽くしている。
「ッ……! 砲撃が止んだ……!? 敵一斉射……来ますッ!!」
「クッ……!! コルカ!! 迎撃をお願い!!」
「全部は無理だッ!! 間に合わねぇッ!!」
「ユナリアス!?」
『わかっている!! そちらはロロニアの船を!! 全力防御! この船と旗艦を守れッ!!』
「コルカッ!」
「あいよぉッ……!! 聞こえた……ぜッ……!!」
船の数に物を言わせた空を埋め尽くすかのような飽和攻撃を前に、コルカは前方目がけて小さな火球を放つ。
同時に、ユナリアスの指揮する護衛艦から無数の光弾が放たれ、後衛を担う二隻の上空を埋め尽くす弾幕に大穴を穿った。
そして。
「弾着……ッ!!!」
ドッ……ゴォォォォォォンッッ……!!! と。
観測手の悲鳴のような叫びと共に、重厚な戦艦の装甲すらビリビリと揺らす轟音が一帯に響き渡る。
その凄まじい音の正体こそ、コルカの放った火球が爆縮し、ロロニアの船を沈めんと放たれた砲弾を丸ごと塵に帰した音で。
フリーディアたちの船を狙って放たれた無数の砲弾はその役目を果たす事無く、狙いが逸れた砲弾だけが、雨霰の如く水面を揺らした。
「損害報告ッ……!!」
「旗艦、損傷無し!」
『護衛艦。無事だよ』
『こちらロロニア。被害無しだ。助かった』
即座にフリーディアが鋭い声をあげると、それに応じて次々と報告の声があがってくる。
それは無事を知らせる吉報であり、フリーディアは未だに全ての船が無傷で居られる事に感謝をしながら、小さく息を吐いて胸を撫で下ろした。
だが……。
『フリーディア。このままでは……』
「えぇ……。わかっている。わかっているわ……!!」
再び散発的な牽制攻撃が始まると、機敏な動きで前へと進み出たロロニアの船が、攻撃を誘って鮮やかに躱す。
その後ろで、フリーディアはギシリと固く奥歯を噛み締めながら、絞り出すような声でユナリアスの通信に言葉を返した。
現状、戦況は拮抗している。否。むしろこちらが優勢に立っていると言っても過言ではない。
けれど、それはあくまでも現状だけを見ればの話で。
たった三隻の全戦力を以て応じているフリーディア達に対し、ヴェネルティ艦隊の擁する船はいまだに五十隻を優に越えている。
今も飛行部隊が敵船を削っているとはいえ、局所的な戦力で勝ってはいたとしても、部隊としての体力がどちらが先に尽きるかは火を見るよりも明らかだ。
「コルカ。残存魔力は? 敵の一斉射はあと何回防ぐ事ができる?」
「まだまだ余裕だぜ! 幾らでも来な……! ……って、言いてえが、あと五回……いや、四回が限界だな。けど、それも攻撃に回す余力を考えなかった場合の話だ! 龍星炎弾級の魔法を使っちまえば、あと二回ってところか……」
「わかったわ。コルカ。攻撃は考えなくて構わないわ。貴女は防御に専念して」
「……了解だ」
フリーディアはコルカに確認を取ると、静かな声で指示を出し、密かに臍を噛む。
敵の一斉攻撃はあと防げて四回。けれど、それはあくまでも、魔法部隊の中で最も腕の立つコルカの魔力量を基準とした話だ。
護衛艦に乗艦しているコルカ旗下の魔法使いたちは、数こそ揃っているもののコルカとは異なり、時折敵艦への攻撃の役も担っている。
ならば、残存魔力は楽観的な目で見てもコルカと同等。慎重を期すならば、防御に専念しても、敵の一斉攻撃を防ぎ切れるのは後三回が限度と見るべきだろう。
「次の一斉射までの予測時間は?」
「これまでの発射間隔から予測するに、あと二分ほどです……!!」
「くっ……!!」
圧倒的に攻め手が足りない。
このまま何も手を打たなければ、コルカたちの魔力が尽きた瞬間に為す術が無くなってしまう。
それは理解しているものの、圧倒的に数で劣っている以上は、守りをおろそかにするのは自殺行為に等しい。
打てる手が無いッ……!
突き付けられた現実を前に、フリーディアはそれでも諦める事無く必死で思考を巡らせながら、固く拳を握り締めたのだった。




