1936話 開戦の砲声
パラディウム砦へ向けて進軍するヴェネルティ艦隊と、フリーディアたちパラディウム防衛隊の戦いの幕を切ったのは、重厚な砲声の嵐だった。
軍港の前方、砲撃の射程の限界地点まで辿り着いたヴェネルティ艦隊は、即座に艦隊を扇状に展開させると、降伏勧告も無しに一斉に島へ向けて砲撃を放つ奇襲攻撃を仕掛けた。
しかし、この攻撃に対して既に軍港内にて出撃の準備を整えていたフリーディアは、雨霰の如く降り注ぐ砲撃に対して爆発魔法を放ち、軍港とその傍らに設営された仮拠点への被害を防いだ。
同時に、放たれた砲撃を合図としたかのように、甲板からはサキュド不在の飛行部隊が次々と発艦し、隊列を組んで分散しながら高々と大空を駆け登る。
「まさか……いきなり仕掛けて来るなんて……!! こうなったら……やるしかないわ……! ロロニア! ユナリアス!」
『了解だよ。護衛艦の指揮は私に任せてくれ。作戦通り、ロロニア殿に続いて先行する』
『……了解』
先駆けた飛行部隊を皮切りに、フリーディアはたった三隻からなるパラディウム防衛隊の旗艦に設えられた艦長席から号令を発すると、通信の繋がった他の二隻が応えて動き始める。
だが、自信に満ちた表情で答えを返したユナリアスとは対照的に、ロロニアはただ短く返答を返したのみに留まり、不機嫌を露にするかの如くぷつりと通信が切断された。
『今更だけれど……本当に良かったのかい? せめて最前は私達の方が良かったのでは……』
「いいえ。この布陣が最適よ。一番砲火の集中する先頭は、湖族の技術無しでは務まらない」
『はは……確かに、間違ってはいないんだけれどね……』
「…………?」
動き出した船に揺れに身体を預けながら、フリーディアは未だ通信が繋がっているユナリアスと言葉を交わすと、目を丸く見開いて酷く不思議そうに首を傾げる。
けれど、そんなフリーディアを見つめるユナリアスは、どこか呆れたような乾いた笑いを浮かべていて。
それもその筈。
フリーディアは船の操作に拙い白翼騎士団と熟達した蒼鱗騎士団を半数づつに分け、己の乗艦する旗艦とユナリアスの乗艦する護衛艦に振り分けた。
加えて、旗艦にはコルカと飛行部隊を配し、残る魔法使いたちは全員護衛艦に配したのだ。
つまり、ロロニア達の船には一人も騎士は乗艦しておらず、更に切り札たる魔法使いも乗ってはいない。
だというのに、最も敵の攻撃が集中する先頭に配置しているのだから、この采配を下したのがフリーディアでなければ、ユナリアスとて傭兵を盾と使い捨てる鬼畜の所業だと考えたに違いない。
しかし……。
『一応、私から事前に説明はしてあるけれど、あとで改めて礼と賞賛をしてあげなよ。まぁ、キミに限ってその辺りの事は心配していないけれど』
「勿論よ。勇戦には相応の評を以て接するのが道理だわ?」
『あ~……うん。ハハ……』
苦笑いを浮かべて念を押したユナリアスに、フリーディアは当然とばかりにコクリと頷き、自信に満ちた笑みすら浮かべてみせる。
だが、ユナリアスは苦笑いを乾いた笑みへと変えただけで、胸の内で密かに前を行くロロニア達に同情した。
一見してこの隊列は、ロロニアたちを使い捨ての捨て駒にした非情な作戦に思えるが、フリーディアの立案した作戦に限ってそのような意味は無かった。
代わりにそこに在るのは、重すぎる仲間への信頼で。
こと、先の戦いで卓越した操船能力を見せ付けてしまったロロニア達へのフリーディアの信頼は厚く、超威力と長射程を持つ魔法攻撃と固い防御魔法が無くとも、先陣を任せて尚被弾を避けられると判断したのだ。
とはいえ、任せられた役が危険極まりないものである事に変わりはなく、ユナリアスはロロニアの胸中を慮っての助言ではあったのだが……。
肝心のロロニアが口数が少なく、フリーディア達に冷淡とも思える態度を取っていたのは、テミスの策略の一端を担っているが故の負い目からであり、先鋒を任せられたこと自体には血の沸き立つような誇らしさすら感じていた。
「さぁ……ここからが勝負よ……!! 皆! 絶対に前を行く二隻に引き離されないように注意を! まずはこのまま敵の仕掛けを打ち破るッ!!」
そんなそれぞれに思惑が錯綜しているなどとは露知らず、フリーディアはドクドクと静かに高鳴る胸の鼓動を必死で宥めながら、凛とした声を張り上げて指示を発したのだった。




