1935話 戦友への置き土産
遠方の艦隊らしき影を敵と断定したフリーディア達の動きは迅速だった。
仮拠点の指揮所へと戻ったフリーディアたちは、即座に全軍に出撃命令を出した後、単身サキュド達に割り当てられている天幕へと足を向けた。
表向きは白翼騎士団の一員という事になっているとはいえ、サキュドやコルカの率いる部隊はテミスの指揮下にある。
その証拠に、集結した面々の中にサキュドたち飛行部隊の姿も、コルカ率いる魔法部隊の姿は無かった。
だが彼女たちを除けば、フリーディア達の戦力で敵の艦隊に立ち向かうなど自殺行為に等しい。
「っ……! すぅ……はぁ……」
天幕の前でピタリと足を止め、フリーディアは目を瞑って静かに深呼吸をすると、身を軋ませるほどの緊張を無理矢理飲み下した。
この交渉には、この戦いの命運がかかっている。
今この場で、彼女たちの助力を得る事ができなければ、どう足掻いてもこの島を守り切ることは不可能だ。
だからこそフリーディアはこの交渉が頓挫したら、ユナリアスがなんと言おうと即座に迎撃では無く撤退に命令を切り替え、全速力で遁走するつもりでいた。
そうなれば必然的に、テミスを見棄てていくことになってしまう。
けれど、敵が迫っている今、テミスの捜索に人員を割いている暇はなく、旗下の者達にテミスの為に死ねと命ずる事も、フリーディアにはできなかった。
「……大丈夫。きっと上手くいく。上手くやってみせる……!! 居るかしら? 入るわよ」
決意を固めたフリーディアは、己を鼓舞するように小さな声で力強く呟いた後、ギラリと目を見開いてサキュド達の天幕を潜る。
するとそこには、まるでフリーディアの来訪を予期していたかのように、意地の悪い笑みを浮かべたサキュドが待ち構えていて。
その周囲に設えられたベッドには、旗下の魔族たちがのんびりと横たわっていた。
「アラ……? どうしたのかしら? わざわざこんな所に。そんなに血相を変えて」
「っ……! 出撃命令は聞いたでしょう? 敵襲よ」
「そ。せいぜい頑張りなさいな」
「ッ~~~!!!! っ……!! ふぅ……」
真正面から出迎えたサキュドは、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、まるで挑発するかのように言葉を紡ぐが、フリーディアは固く歯を食いしばり、挑発に乗ることなく鋭い視線で睨み返す。
普段のフリーディアであったなら、規律を守らないサキュドに、一喝と共に滾々と説教をしてやるところだ。
けれど、今そんな事をしたとしてもサキュドたちがフリーディアの指揮下に入る訳もなく、それを良く知っているが故に、フリーディアは固く手を握り締めて懸命に言葉を続けた。
「今、テミスは姿が見えないの。あなた達はテミスが何処へ行ったのか聞かされているのかしら?」
「さあ? 知らないわね。でも他でもないテミス様の事だもの。きっと何かお考えがあるに違いないわ」
「あなた達がテミスに従っている事は重々承知しているわ。けれど、テミスが居ない今、次席指揮官は私のはず。だから――」
「――勝手な事を言わないで貰いたいわね。アタシはテミス様の副官よ? 確かに、アタシたちは白翼騎士団の制服を着ているけれど、ここにいるアタシ達はあくまでも友軍。黒銀騎団として、テミス様の指揮の元で来ているに過ぎないわ」
「ッ……!!」
しかし、いくら言葉を重ねようと取りつく島もなく、サキュドは交渉の余地すらも感じさせないほど淡々と、フリーディアの言葉を否定し続けた。
それでも、諦める訳にはいかない。
フリーディアは揺らぎそうになる心に活を入れると、大きく息を吸い込んで口を開く。
「このままじゃ、居なくなったテミスを見棄てて撤退しないといけないわ。でも、私はそんな事はしたくない。たとえ貴女の言う通り、テミスに何か考えがあるのだとしても。仲間を置き去りにして逃げるなんて嫌よ! だからお願い……!! 貴女たちの力を……貸してください……!!」
「ッ……!!!」
偽らざる本心を紡いだフリーディアは、言葉を紡いだ勢いのままサキュド達へ深々と頭を下げて助力を願った。
この島も、部隊の皆も、そしてテミスも。皆を守る事ができるのなら、私の意地や誇りだなんて幾らでも捨ててみせる。
そんな並々ならぬ決意を込めた願いだったのだが……。
「……コルカ」
「応さッ!! 皆!! 聞いたね!! 私たちはテミス様の指示通り現時刻より、一時的に白翼騎士団の指揮下に入る!! 出撃準備だよ!!」
僅かに驚きの表情を浮かべたサキュドが、酷くつまらなさそうに顔を歪めて一言紡ぐと、天幕の中に集っていた魔族たちが一斉に動き出し、瞬く間に準備を終えてフリーディアの前に整列する。
「アタシは嫌よ? テミス様からも、単独で動いて良いと言われているの」
「っ……。了解よ。ありがとう。総員、出撃するわ! 船に急いで!」
「フン……」
そんなサキュドに、フリーディアは輝くような笑みを浮かべて礼を言うと、号令と共に素早く身を翻して天幕から飛び出していく。
それに続くコルカ達を見送りながら、サキュドは小さく鼻を鳴らすと、ゆっくりとした足取りで自分のベッドへと向かったのだった。




