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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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2002/2322

1932話 偽りの団欒

 アイシュの用意した朝食は、食べてみるとどれも驚く程に美味く、テミスは表情に出さないように努力こそしていたものの、内心では舌鼓を打っていた。

 干し肉に固いパン、しなびた野菜類など、具材として使われているのは確かに戦闘糧食らしきものではある。

 だが、干し肉はその塩味を生かしてスープに、そこへ固いパンを浸して馴染ませる事で、簡素ながらもボリュームのある逸品に仕上がっている。


「食事はお気に召して頂けましたか?」

「上々だ。素材の悪さを感じさせない、いい味を出している」

「クス……お褒め頂き光栄です。やはり我々のような人間にとって食事は資本。一日の活力に直結しますからね」

「そうだな。だが、これだけの腕を持っているんだ。前線で剣を振るうよりも、後方で料理屋でも営んでいた方が儲かりそうなものだがな」

「……可愛い給仕の子を雇い入れて眺めたり、雇い主として迫ってみたり。ふふ……もしも私が開店したら、貴女も給仕として働いてくれますか?」

「邪心を漏らすな。邪心を。従業員を大切にしない店はすぐに潰れるんだぞ」

「大切にしますとも。えぇ、勿論。しっぽりと、隅から隅まで……ね……」

「ハァ……やれやれ……。押そうが叩こうがぶれない奴だ……」


 いくら料理が美味かろうとも、ただ無言で食らい続ける訳にも行かず、テミスは語り掛けてくるアイシュの雑談に適当な返事を返しながら、淡々と食事を進めていった。

 その一方で、アイシュは時に嬉しそうに表情をほころばせたり、ニンマリと今にも涎でも垂らしそうなほどだらしのない笑みを浮かべてみたりと、戦いの時に見せていた顔とはまた異なる一面を覗かせている。


「そういう貴女もぶれないヒトですね。ずっと気を張っているように見えます」

「っ……当り前だろう。こちらは試されている側なのだ。気が緩む暇など――って顔が近い」

「張り詰めた気をほぐしてさしあげようかと思いまして」

「何だその手の動きは。肩こりじゃないんだ。気など揉んで解れるようなものでもあるまい」


 まるで内心を覗こうとでもしているかの如く、アイシュは身を乗り出してテミスに顔を近付けると、両の手をわきわきと動かしながらにじり寄った。

 初めて相まみえた戦場で見せていたあの冷淡で昏い気配は何処へ消え失せたのやら、眼前のアイシュは残念美人という言葉がこれ以上ない程に似合うセクハラっぷりを発揮していて。

 それが冗談なのか、質の悪い趣味の延長線にあるものなのかは知らないが、テミスは小さなため息とともに意図してつれない返答を返し続けた。

 だがその瞬間。


「解れますよ? たとえばホラ――」

「ッ――!!!」


 ゆらりと伸びたアイシュの掌がテミスの胸へと延び、真正面からその両胸を揉みしだいた。

 刹那。テミスは上体を退かせて即座にアイシュの魔手から逃れ、パシンと頬を叩く乾いた音が艦橋の中に響き渡る。

 目にも留まらぬほどの速さで放たれたテミスの平手は、正確無比な軌道を以てアイシュの頬を穿ち、その整った白磁のような肌に紅い手形を残した。


「……酷くないですか? 一応、私はあなたの上官となる人間なのですが」

「話が違う。そういった類いの扱いはしない……と、お前は言った筈だが?」

「ははっ……! この程度、女同士ただのふれあいではないですか。触られるのが嫌でしたら、私のを触りますか? どうぞ?」

「差し出すな。要らん。そんなモノ。というか、食事中に下世話だとは思わんのか」


 明確な拒絶の意思を示して尚、アイシュは歯牙にもかけずに自らの姿勢を崩す事は無く、良心に訴えかけるように叩かれた頬を抑えてみせた後、今度は逆に自らの胸を張ってテミスへと差し出してみせる。

 だが、その趣味と実益を兼ねていると見える茶番にテミスが乗る事は無く、冷たい声でアイシュをあしらい続けた。


「これは失礼しました。では、話題を変えましょう。貴女は何故この船に? まるで、私が居る事がわかっているような素振りでしたが」

「っ……! ただの予測だ。あの島に監視を掻い潜って船で近付くのは難しい。ならばそれ以外の方法があるはず。だが、いくら不可思議な力とはいえ、長い距離を移動することはできないだろう……とな」


 テミスの言葉にアイシュは態度を一変させると、静かに身を引いて自らの食事に再び手を付けながら、ゆったりとした口調で問いかける。

 だが代わりに提示された真面目な話題は、テミスにとって歓迎しがたいもので。とはいえ、今更話題を躱す術など無く、偽らざる答えを返した。


「なるほど……納得しました。痕跡を残したつもりは無かったので、気がかりだったのですよ。っ……と」

「……!」


 変わらぬ調子で言葉を返したテミスに、アイシュが深く頷くと、同時に艦橋の片隅から、通信の着信らしき音が鳴り響く。

 テミスとしては、その通信の内容には聞き耳を立てたかったものの、今はアイシュに警戒心を抱かせるべきではない。

 瞬時にそう判断を下したテミスは、艦橋を後にすべく素早く立ち上がった。

 だが……。


「そのままで構いませんよ。ただの作戦開始の報せです」


 そんなテミスを制すると、アイシュは優美な所作で立ち上がり、クスリと楽し気な笑みを口元に浮かべて告げたのだった。

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