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0話 セイギの悪魔

 荒涼と切り立った崖の上に長い銀髪が翻った。


 銀髪の女はその美しい髪を風に弄ばせながら、まるで愉しむかのように目を細めて、綺麗に隊列を組んで行軍する人間軍を見下ろしていた。

 そしてヘルムを被ると、漆黒の鎧で固めた馬の上から、一際凛とした声で号令をかける。


「突撃ィ! 司令官の首を落とせっ!」

「ゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 女の号令に呼応して、女の背後の兵たちが雄たけびを上げた。


「軍団長閣下!」

「閣下はやめろ。私はそんな、肩の凝りそうな称号は要らん」


 女が肩をすくめてそう返すと、崖を下りながら並走する副官らしき男が苦笑いをこぼす。


「私に続け!」


 軍団長と呼ばれた女は、そのまま背負った大剣を抜きながら副官に笑みを返すと、前方に迫る重武装した人間の部隊を見据える。


「き、奇襲だぁっ!」

「クソッ、卑劣な魔族めっ!」


 女は自らが跨った馬に活を入れ、速力を上げて正面から突っ込むと、踏みつぶすようにして大盾を持った兵士をなぎ倒した。


「陣形を崩すなっ! 我らの使命は、国民を守る事だ! 全員死守せよ!」

「自分の悦楽の為だろうに……人間と言うのは、何処の世界でも綺麗事を並べるのが得意なのだな……」


 女は苦々しく呟きながら、司令官らしき者の叱咤に呼応して槍を突きだしてくる兵士を、携えた漆黒の大剣で撫で切りにする。

 支えを失った体が傾ぎ、血が宙を舞う。肉の圧力から解き放たれたその飛沫は、女の鎧を、兜を紅く染めていった。


「悪魔……」


 そんな絶望の呟きが、周囲の人間兵の中から女の耳に届いた時だった。彼女の前方に大きな火球が出現した。


「こ、この悪魔め! これでも食らって焼け死ねェ!」

「た、隊長⁉」


 人間の司令官が、口角から泡をまき散らしながら、魔法を放つ体勢に入る。


「味方ごと焼き払うつもりか……見下げ果てた下種だ」


 それを見た兵士たちが、叫び声を上げながら蜘蛛の子を散らすように兵士たちが逃げていく。


「やれやれ……」


 女が騎馬を止めて、火球を見据える。敵兵に情けなどかけるべきではないが、前線に立たされた挙句奇襲を受け、味方のはずである司令官に焼き殺されるのでは、あまりに哀れだ。


「ガハハハッ! 観念したか! では、喰らえぃ!」


 下種な笑いを浮かべた司令官が持つ杖の動きに連動して火球が放たれる。流石にあれを喰らえば魔族であってもただでは済まないだろう。

 人間である女の身であれば猶更だ。

 女は、馬の背の上で手をかざし、魔族流のやり方で魔法を構築する。


「魔族相手に、魔法戦で勝てるとでも思っていたのか?」


 皮肉気に一笑すると、女は敵の司令官が、兵士の壁に隠れ、長い詠唱を経て、やっと放ったものと同じ魔法を、一瞬で構築する。


「ば……化け物……」


 爆音と共に衝突して対消滅した火球の揺らめきを見ながら、司令官が腰を抜かしてへたり込んだ。


「人間の兵士よ! 司令官を置いて、疾くこの場から去れ! 去る者は見逃してやる!」

「ふ、ふざけるなぁ!」


 女は、魔法で拡声された自らの勧告を無視して、突撃してくる若い兵士の首を横薙ぎに飛ばす。


「従わない阿呆は、この通りだ」


 主を失い、力の抜けた若い兵士の肉体が崩れ落ち、鎧が派手な音を鳴らすと、女から距離を取っていた兵士達が泣き叫びながら走り出す。


「お前は、死んでもらう」


 女は脱兎のごとく逃げ出す兵士たちを尻目に進み、最後尾で腰を抜かした司令官の横で馬を降りる。


「た、た、助けてくれ……なんでもします。なんでもさし上げます、だから命だけは……」

「お前は、そうやって命乞いをする魔族になんて答えていたんだ?」

「そ……それはっ……」


 司令官の顔が、絶望の色に染まる。心を折るには頃合いだろう。女は、人間の血で濡れたフルフェイスの兜を取って顔を晒す。


「女っ……いや、そっ……それよりその顔……お前……まさかっ……」


 司令官は命乞いも忘れ、震える指で女を指した。その深い絶望に染まった顔を見た、女の口角が釣り上がってゆっくりと開かれる。


「ああ、私はお前達と一緒で、愚かで汚い人間だよ」

2020/11/23 誤字修正しました

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