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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1999/2319

1929話 甘美なる情報

 綴られた書類の束が宙を舞い、アイシュの胸元へあたってからバサリと音を立てて甲板の上へと落ちる。

 しかし、アイシュは捲れ上がった書類をチラリと一瞥しただけで、剣へと番えられた手が動く事は無かった。


「……これは?」


 僅かな沈黙の後。

 自信に満ちた表情で自らを見つめ続けるテミスに、アイシュは冷たい声で問いかけた。

 その氷の如く冷え切った声には、己に書類の束を投げつけたテミスへの非難が込められており、僅かな怒りすら滲んでいた。

 だが……。


「ロンヴァルディア側の戦術配置図だ。ついでに、パラディウム砦の再建に当たっている白翼騎士団をはじめとした連中の行動計画書さ」

「なぁッ……!?」


 悠然と言い放ったテミスの言葉に、アイシュは驚愕を隠しきる事ができず表情を変え、警戒の色を帯びていた視線が足元へ落ちた書類へと吸い寄せられるように動く。

 しかし、それも当然の事。

 情報が生死を分ける事もある戦場という場所では、部隊の布陣や計画は金よりも遥かに重たい価値を持つ。

 その情報があるだけで、いわば一方的に相手の伏せ札を見通しながらカードゲームを行うようなもので。

 最重要機密に値する書類であることは疑うべくもない。


「豪勢な手土産だろう? これでも、手に入れるのに苦労したんだ。突っ立ってないで確認してくれよ」

「馬鹿な……。待って下さい……それではまさか……貴女は……本当に……?」

「何度もそう言っているじゃないか。そいつは私の意志を証明する為のもの。よもや、中身を改める事もなく、不足だ……などと抜かす訳ではあるまいな?」

「っ……!」


 ゴクリ。と。

 狼狽を露にしたアイシュは生唾を呑み下すと、ゆっくりと身を屈めてその手を足元の書類へと伸ばす。

 だがもう片方の手は、腰の剣へと番えられた格好ではあったものの、テミスへ向けられていた警戒は既に大きく揺らいでいた。


「……前線に展開した戦力はこけ脅しの時間稼ぎ? そうか……! 鹵獲した戦艦を部隊へと取り込み、錬成する為に……! だとしたらこの配置図には……やはり……! 前線の船が遅滞戦闘に努めている間に、側面を突くための本隊が背後に控えているっ……!」


 テミスが放り投げた書類を手にしたアイシュは、はじめこそ手早く流すように頁を捲っていたものの、次第にその速度は遅くなり、ブツブツと呟きを漏らし始める。

 そこに記されていた情報の一部は確かに、アイシュたちヴェネルティ側の索敵報告とも一致しており、その事実がこの書類に書かれている事が全くの出鱈目ではない事を示していた。


「は……はは……。恐ろしいお方だ……貴女は……」

「手土産はお気に召したかな? 私なりの誠意という奴だ」

「これだけの情報があれば、本国からの増援の到着を待つまでもありません。先遣隊だけでも十分に制圧できる……!」


 アイシュはくしゃりと書類が歪むほど強く握り締めると、歪んだ微笑みを浮かべながら手の内の書類と眼前のテミスとの間で視線を往復させ、震える声で言葉を漏らした。

 その反応を眺めながら、テミスは満足気に唇を歪めて、音も無く不敵な笑みを浮かべていた。

 これでこそ、苦労して情報を盗んできた甲斐があるというものだ。

 テミスはそう胸の内でひとりごちりながら、自らの計画の成功を確信する。

 先の戦いで戦力を急増させた今のロンヴァルディアは、足並みが酷く乱れている。

 それは、戦力の増強に付随した仕方のない現象ではあるものの、揺らぎは無視できない程に大きく、そこを突かれればいとも容易く瓦解してしまう。

 だからこそ、ノラシアスは張りぼてのようであっても防衛戦力を展開し、ヴェネルティ側を牽制していたのだ。

 けれど、その情報は甘い蜜に同じ。一度でも知ってしまえば、記憶にこびり付いた情報が嫌でも攻めっ気を滾らせるだろう。

 現状で一番危惧すべきは、ロンヴァルディアの戦力が整う前にヴェネルティに戦力を集中される事。

 ならば少々無茶でも、眼前に餌をちらつかせて足並みを乱してやれば、その牙が向かう先は一つしかない。


「……いいでしょう。ひとまず、貴女が敵ではないと認めましょう。この情報にはそれだけの価値があります」

「重畳だ。こう見えて勝ち馬に乗るのは得意でな。それでは――」

「――ですが。それはこの情報が本物であった場合の話だけです」

「っ……! 無茶苦茶だ。今この場で、私が証明する方法など無い」

「えぇ。ですから……この情報を元に、我々はパラディウムを攻めるとしましょう。貴女の古巣ではありますが……問題はありませんね?」


 小さなため息とともに、アイシュは腰の剣に番えていた手を離すと、パシリと書類の束を叩いて結論を出した。

 だが、直後。悪どい微笑みを浮かべて悠然と歩み寄るテミスへ鋭い視線を向け、毅然とした口調で問いを放つ。


「クスッ……。あぁ、問題無いさ」


 そんなアイシュに、テミスは肩を竦めてみせながら、不敵な態度で答えを返したのだった。

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