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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1996/2318

1926話 暗中行脚

 サクリ、サクリ。と。

 フリーディア達の前を後にしたテミスは静かに下草を踏みしめる音を響かせながら、一人軍港へと続く小道を歩んでいた。

 軍港へ続く道はテミスの起居する天幕とは真逆の方向で、指揮代行という仕事を終えて休むはずのテミスが赴くには、円の無い筈の場所だった。


「フッ……」


 人の往来が増え、鬱蒼と茂っていた下草は幾ばくかは踏みしめられたものの、あと数歩も進めば周囲を生い茂る草は、テミスたちの仮拠点を覆い隠すだろう。

 そんな、狭間とも言うべき場所でピタリと立ち止まり、テミスはゆっくりと背後に広がる仮拠点の明かりを振り返ると、クスリと静やかな微笑みを浮かべた。

 仕込みは上々。段階は既に、テミスが計画を行動へと移すのみ。

 今ならばまだ、引き返す事は出来る。全てを無かったことにしてただ、この地を再建せんと奮闘するフリーディア達と共に力を振るえば良い。


「…………」


 だが、ここから先へ進めばあとはもう、如何なる結果が訪れようとも突き進む他は無い。

 まさしく分水嶺。

 一陣の吹き渡る風が草木をたなびかせる音の中、テミスは眼前に見えない境界線が敷かれているように思えた。

 思えば元より、無理がある話だったのだ。

 誰をも慈しむ博愛を掲げるフリーディアならば兎も角、如何に利害が一致していようとも、元々は敵同士であったロンヴァルディアと肩を並べるなど。

 テミス自身としては、ロンヴァルディアにもヴェネルティにも、幾ばくかの確執はあれど恨みは無い。

 だが、腹の底に憎しみを飼っている相手との共闘など、どうぞ刺してくださいと背中を差し出しているに過ぎず、その証拠に一部ではあるものの、ロンヴァルディアの連中が新たな技術を目の前にして考えたことは、どうにかして新たな力を手に入れて仇敵である魔族へ向ける事だった。


「ま……正直、私はそんな事はどうでも良いんだがな……」


 立ち止まったまま頭上に広がる空を見上げて、テミスは大きく息を吸い込んでから、肩を竦めて吐く息と共に独り言を零す。

 ロンヴァルディアとは元々戦火を交えていた仲なのだ。

 苦労して勝ち取った平穏を崩されるのは気に食わんが、多くの同胞を失った彼等の遺恨は理解できる。

 尤もそれを言うのなら、魔族とて失った同胞の数は多く、悔恨は積み重なっている筈なのだが。

 ともあれ、改善したものがまたもとの形へと戻るだけ。再び戦いを始めんとした阿呆を切り刻めば済むだけの話だ。

 だけど……。


「譲れるものと、譲れないものの違いだよ。なぁ……? フリーディア」


 たった今離れて来た戦友の顔を思い浮かべながらテミスは嘯くと、力強く一歩を踏み出して不可視の一線を踏み越える。

 違うのはたった一つの下らない意地。

 

「私はお前とは違う。正義に悖る行いを誅すのみだ」


 テミスは冷たく言い放つと、背後の明りを視界から外し、暗い軍港への細道を再び歩きだした。

 そしてしばらくの間無言で歩き続けると、湧き出でるかの如く前方に淡い明かりが現れ、草木に遮られていた視界が一気に開ける。

 細道を抜けて辿り着いた夜の軍港。

 そこは昼間とは異なる、何処か物々しく不気味な雰囲気に包まれていて。

 だが、仮拠点へと続く細道から歩み出て来たテミスの纏う雰囲気もまた、軍港の雰囲気に負けず劣らずの気迫を纏っていた。


「…………」

「っ……! 船長の命令で、こちらで迎えさせていただきやした」


 前方で突如として現れた明かり。

 それはどうやら、ロロニアの部下である湖族の男が携えるランタンの明りだったようで。

 ユラユラと揺れる明かりに、黙ったまま冷ややかな視線を向けたテミスに、ロロニアの部下は潜めた声で言葉を紡ぐ。


「……他の連中に見付かってはいないのだろうな?」

「えぇ。そんなへまはしませんよ。尤も、奴さん等が気付く訳もありませんがね。外バッカに目が言っちまって、後ろなんざ気にもしちゃいねぇ。そんな事よりも……ささ、こちらへ。準備は万全。船長がお待ちでさぁ」

「フン……」


 冷淡なテミスの問いかけに、へらりと軽薄な笑みを浮かべて応えるロロニアの部下に、テミスは小さく鼻を鳴らしただけで先を促した。

 隠密行動を行う上で、暗闇の中自ら明かりを灯すなど愚策中の愚策。

 だというのに、この男は臆面もなくそれを行った挙句、港で揺れる明かりにさえ気付く事ができない蒼鱗騎士団の連中をせせら笑ったのだ。


「練度が低いとは思ったが、まさかこれ程とはな……。いっそ、この島にいる間に鍛え直してやるのも手か……」


 しかし、ロロニアの部下が告げた事はどうやら真実のようで。

 そのままテミスが案内に従って軍港の中へと歩を進めても、一行に監視の目がこちらへと向けられる気配は無い。

 そんな現状に、テミスは呆れながらため息を零すと、闇の中に佇む自分達の旗艦を見上げて言葉を漏らしたのだった。

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