1925話 交叉する思惑
一難去ってまた一難。
すんでの所でフリーディア達を迎える事の成功したテミスが置かれた状況は、まさしくこと言葉が体現していると言って相応しかった。
当初のテミスの腹積もりでは、起き出してきたフリーディア達に諸々の引継ぎを終え、さっさとこの簡易指揮所から立ち去るつもりだった。
だが、フリーディアとユナリアスはまず、彼女たちの不在を引き受けていたテミスに礼を告げると、早々にアイシュへの対応策を議論し始めたのだ。
無論。実際に戦い、言葉を交わしたテミスがその議論から逃れる事ができる筈もなく、簡易指揮所の内に引き留められる羽目になった。
「奇襲が目的で無かったのだとすれば、アイシュなる人物の目的は調査……若しくは偵察だろうね。ヴェネルティ側も、私たちがこの島に入ったのは把握しているのは間違いないはずさ」
「その二択なら、主目的は調査だと思うわ。こちらの戦力を窺いに来たのなら、わざわざ島の頂上に位置するパラディウム砦まで赴く必要は無いもの。もちろん、偵察を兼ねていた可能性は高いと思うけれど、何か別の優先目標があったとみるべきよ」
「…………」
――参った。どうしてこんな事になったのだ……。と。
滾々と白熱するフリーディアとユナリアスの議論を前に、テミスはひとり口を噤んだまま静かに目を瞑ると、内心の焦りをひた隠す。
今は二人共、議論に集中しているお陰で意識を逸らせてはいるものの、テミスの背後には先ほど切り裂いた天幕と、それを縫い留めている大剣が不自然に突き立っている。
それを隠すために、テミスはさり気なく最奥の立ち位置を陣取っているのだが、そもそもこの天幕から逃れる機を失ったのも、脱出よりも隠匿を優先したせいだった。
「我々の知り得ない術を持つ者だ、この際だから移動手段は考えないとしても、まずは敵勢力である我々の偵察よりも優先する奴らの目標を解き明かしたいね」
「テミスの報告では、ヴェネルティの三国の間にも力関係があるみたいだから、その為ではないかしら? この砦を確保すれば、自ずとその国は力を付ける事ができる筈。もしもネルード公国が本当に最も強い力を持っているのなら、他の二国にとっては首位を奪い取る好機……逆にネルードにとっては自らの地位を脅かす危機でもあるわ」
「フム……道理だね。だからこそ、他の二国に先駆けてパラディウム砦を調査していたのかもしれない。それならば単独で、しかも強力な戦力を送り込んできた説明もつく」
テミスが口を挟まずとも、議論は着実に進んでいき、アイシュの真の目的を炙り出さんとしていた。
傍らで話を聞いているテミスとしても、敢えて異を唱えるほど不自然な点は無く、アイシュが送り込まれてきた理由としては一番有力なものだと感じる。
故に、テミスは話半分でフリーディア達の議論に耳を傾けながら、思考の大半を如何にしてこの場を脱するかへと費やしていた。
しかしその時。
「テミス。貴女の意見も聞きたいわ? 実際に戦って、言葉を交わしたのは貴女だもの」
「んぇ……? あ……あぁ……」
唐突にフリーディアが矛先を変えて水を向けると、テミスは咄嗟に応じきる事ができず、思わず気の抜けた生返事を返してしまう。
瞬間、フリーディアは形の良い眉が吊り上げると、鋭くテミスを睨み付けて口を開いた。
「さっきから妙に静かだなと思っていたけれど、貴女きちんと話を聞いていたんでしょうね?」
「っ……。あぁ、聞いていたさ。私も同意見だ。言う事は無い」
「だったら! それならそうと言いなさいよ!! どうしてそう貴女はいつもいつも不真面目なの!!」
「まぁまぁフリーディア。今回は私たちもあまり強く言えないさ。テミスは私たちが休んでいる間、指揮を執っていてくれたんだ。動かすことの出来る兵が少ないなかで、見事な采配だったと思う。疲れていても無理は無いよ」
「それはそれ! 話が別だわ! 今は対策を話し合う場よ? それにテミスは私たちが夜通し頑張っている間中、しっかりと眠っていたじゃない! やるべきことはやって貰わないと困るわ!!」
気炎を上げるフリーディアの怒りを、テミスが肩を竦めて躱していると、苦笑いを浮かべたユナリアスが堪りかねたかのように仲裁に入る。
しかしそれでも、フリーディアの怒りは収まらないようで、苛立ちを露に鼻を鳴らす。
だが……。
「ハンッ……!! ならばお言葉に甘えてそうさせて貰おう。フリーディア」
「っ……! 何を――」
「――私は客将扱い。元を正したとて、この戦いには手を貸してやっているに過ぎん。正規の指揮官はお前達。議論の場に立ち会ってやる義理はあっても、義務は無い筈だ」
テミスはキラリと瞳を輝かせると、大仰な身振りで身を翻し、努めて自然に天幕を縫い留めた大剣の側まで歩み寄る。
そして、反論に口を開きかけたフリーディアの言葉を制すと同時に、大剣が縫い留めていた天幕の端を足で押さえ、抜き放つと同時に代わりの楔としてナイフを投げて突き立てた。
それは僅か一瞬の出来事で。
注目を集めるように肩に担ぎ上げられた大剣へと意識を奪われた二人が、テミスの密かな動きに気付く事は無い。
そして……。
「ならばお前の言った通り、私は私の仕事をするとしよう。お前達はここで、お前達の仕事を十全にこなすと良い」
テミスは肩に担ぎ上げた大剣を背に収めながら、皮肉気に言葉を叩き付けると、悠然とした足取りで簡易指揮所の天幕を後にしたのだった。




