1922話 予測と選択
収穫は得た。
ユウキの営倉から立ち去ったテミスは満足気な微笑みを浮かべると、これからの方策を頭の中で練り上げていく。
如何にフリーディアといえど、たとえユウキが本心から助力を願い出たとしても、彼女を戦列に加えるのは不可能だろう。
もしも、ユウキを戦列に加えなければロンヴァルディアが大敗を喫する羽目になろうとも。
博愛主義のフリーディア個人は、容易くユウキを赦し迎え入れるかもしれない。
けれどその他の凡愚はそうもいかない。
もしもまた裏切ったら? という疑念が。敵だった奴を信用などできないという感情が、破滅への道を突き進ませる。
「さぁて……どうするかね……?」
狭い船の中を歩みながら、テミスは皮肉気に昏い笑みを浮かべて嘯いた。
敵であったものですら容易く赦すフリーディアが特異な者であるのは間違い無い。
だが同じ観点で見た時、テミスもまた特異な者である事に変わりなはかった。
ただし、その方向性は真逆のもので。信用と信頼を前提とするフリーディアに対し、テミスが礎としているのは疑念と実利だけなのだが。
即ちそれは、たとえユウキが再び裏切って自分達に牙を剥く事態すら想定して備える事であり、無条件に相手の言葉を信ずるのではなく、ユウキが味方になるに足る根拠を元に推し量るという事だ。
とはいえ、如何に筆舌を尽くそうとも、今の対ヴェネルティ連合の戦線に立つ兵達が、ユウキの裏切りを納得する事は無いだろう。
テミス率いる黒銀騎団の面々であれば、仮に反対意見を抱く者が居たとしても、鶴の一声的に強制することはできる。
しかし、外であるこの戦線ではテミスにそのような強権は無く、如何に強力な戦力であろうとも、ユウキを戦線に加えることはできないのが道理だ。
「道理など捩じ伏せるものではあるが……さて……」
眼前に並んだ数多の選択肢を前に、テミスはニンマリと口角を吊り上げて笑みを深めた。
戦いの狭間であるとはいえ、今は次の侵攻までの猶予期間。備えるための準備期間に過ぎない。
とはいえ、テミスの前にこれ程までに多くの道が並ぶ事は、極めて稀な事だった。
「夢のようだな。迷ってしまう」
長く薄暗い廊下で不意に足を止めると、テミスは虚空に視線を彷徨わせながらひとりごちる。
呪法刀の存在が、これからの戦局を大きく左右するのは間違い無い。
加えて敵の艦隊は精強。ロンヴァルディアが圧倒的な不利を強いられている戦局は変わりないのだ。
だからこそテミスには、この戦場へ共に赴いている黒銀騎団の面々と共に、今すぐファントへと引き上げ、ロンヴァルディアを見棄てるという選択肢も確かに存在した。
強力な艦艇と強力な呪法刀。
この二つが同時に存在するからこそ難局を極めているのであって、どちらか片方であれば敵の額面戦力は半減する。
「悪くは無い案だ……だが……」
思案を巡らせるテミスの脳裏に、克明に仮定が浮かび上がる。
まずロンヴァルディアを見棄てた時点で、ファントはフリーディアをはじめとする白翼騎士団の戦力を失う事は必至だ。
だが、ファントには黒銀騎団の本隊が控えている上に、ギルティア率いる魔王軍と連携できれば、寧ろ戦力の面では今よりも充足できるだろう。
「ククッ……我ながら腑抜けた想定だな……」
優位に立てる。
そんな妄想を打ち砕くかのように、次の瞬間。テミスの脳裏ではファントに集結した精鋭たちの頭上から、先日このパラディウム砦を襲ったかのような砲弾の雨が降り注いだ。
「敵とて戦力を整えてから侵攻してくる。それに、今度は魔族が相手であることも承知の上なはず……なら……」
無数の砲弾を受けて火の海と化したファントの中で尚、黒銀騎団や魔王軍の精鋭たちは立ち上がるだろう。
だがそこへ、禍々しい気配を纏わせた呪法刀を手に手に振りかざしながら、数多の兵士たちが襲い掛かる。
それでも、ただでやられるテミス達では無い筈だ。
押し寄せる呪法刀を携えた兵達を斬り捨て、焼き払い、吹き飛ばし、奮戦の限りを尽くすだろう。
けれどそんな、激戦の果て。
テミスの脳裏に残ったのは、町であった面影すらなく瓦礫の山と化したファントの町と夥しい数の屍の山、そして激しく傷付いた一握りの兵士達のみで。
「……やはり、災禍の眼は早めに摘んでおくに限るな。たとえ、どんな手段を用いたとしても」
さながら地獄のような光景を予見したテミスは、意を決したように呟きを漏らすと、人気のない戦艦の通路を再び歩き始めたのだった。




