1920話 呪いの根源
呪法刀。
濁り淀んだ心の内に響いたその言葉に、ユウキは胸の内で噛み締める。
その名を初めて聞いたのは、まだヴェネルティ連合がロンヴァルディアとの戦争へと踏み切る前の事だった。
忘れるはずも無い。否。忘れられるはずも無い。
あの時は、まだ試作段階だと聞かされていたけれど、既にそこに在ったのは恨みと怨みと憾みだけだった。
思わず目を背けてしまうほどの残虐さを前に、耐え切れず吐いてしまったのもあの時だけ。
この世界では人の命は恐ろしい程に軽い。
そう理解していても、到底受け入れる事などできなかった。
「あ……れと……戦った……の……?」
「あぁ。随分と厄介な武器だった。しかも、奴の口ぶりでは、在るのは一振りや二振りでは無いらしい」
「……! そ……んな……ゲホッ……!! ゴホッ……!!」
弱々しく顔をあげたユウキがしゃがれた声で問うと、テミスはコクリと頷いて言葉を付け加える。
その報せがもたらした衝撃は、深く沈んだユウキの心にも届くほど強烈で。
ユウキは乾き切った喉を無理やりこじ開けて言葉を紡ぎかけるが、堪らず激しく咳き込んでしまう。
「……飲め。水だ」
「あり……がと……っ……」
胸を抱いて苦し気に咳き込むユウキを前に、テミスは僅かに顔を顰めると、懐に忍ばせていた水筒を取り出してユウキへと差し出した。
白翼騎士団の装備の一つとして支給されたその水筒は、当然の如く白を基調とした装飾が施されており、それを手にしたユウキを見たテミスの胸に、奇妙な調和を感じさせた。
「っ……! はぁっ……!! ごめん……全部飲んじゃった……。すっごく喉、乾いてて……」
「構わん。それで? 呪法刀についてだ。何か知っているのか?」
「うん……。まさか、本当にあんなモノを作っちゃうなんて……」
十秒ほどで一気に水を飲み干したユウキは、空になった水筒をテミスへと返しながら、モゴモゴと気まずそうに謝罪を述べる。
しかし、テミスにとってユウキが情報を喋るのならば、たかが水筒の水程度安いもので。
テミスは穏やかな微笑みを浮かべて水筒を受け取ると、懐へと仕舞いながら話の先を促した。
すると、ユウキは安堵したかのように薄く笑みを浮かべると、コクリと頷いて語り始める。
「呪法刀がボクの知っている通りのモノなら、あっても数振りだと思う。アレはそんなにたくさん作れるモノじゃないし……作って良いモノじゃない」
「作り方を知っているのか?」
「うん。正直、思い出したくもないよ。呪法刀って名前の通り、アレに込められているのは呪いの力。あの人は心の力……想いの力だなんて言っていたけれど……」
「フム……ひとまず、禄でも無いものだという事は理解した。それで、量産できないだろうという根拠は?」
「作り方だよ。呪法刀は一振り作るために何人もの人を犠牲にしないといけない。虐めて、苦しめて、いたぶって……。そうやって作るから、凄く時間がかかるんだって」
「っ……!!」
ユウキの低い声で語られた情報に、テミスは静かに目を見開くと同時に小さく息を呑んだ。
ヒトの呪いを凝縮する為に嬲り殺し、絞り取った呪いの結晶たる兵器。
魔法の如く作用する力を現出させるほどの『呪い』を帯びた刀。最早それはこの世に存在してよいモノではなく、悍ましき刀の作り手は決して許すべきではない。
だが、ユウキがこの情報を知っているという事は、その存在を知りながら放置していたという事になる。
いくら言い訳じみた言葉を並べようと、その事実が揺らぐ事は無く、テミスの胸の内に僅かな怒りが揺らめき始めた。
だが。
「ねぇ。お願い。もうキミたちとは戦わないから……ボクをここから出してくれないかな? 無理を言っているのはわかっているつもりだよ。けれど、本当にあの剣が作られているのなら、ボクは勇者として許してはおけないんだ!」
ユウキはいつの間にか瞳に生気を取り戻し、燃えるような視線でテミスを見上げて決意を述べる。
けれど、戦争中に敵国の捕虜を逃がすなどできる筈もなく。
そもそも、一度は止める事が出来る機会があったはずのユウキの言葉を、鵜呑みにして信じる訳にはいかない。
「却下だな。止めたいと願うのならば知っている事を全て話せ。そもそも矛盾しているではないか? お前の話しぶりでは、呪法刀の作り手なりそれに近しい者から聞いたのだろう? 何故その時に止めなかった?」
「っ……! ボクはヴェネトレアにお世話になっているんだ。他の国の事にあまり口出しをしてはいけないって止められたんだ。それに……あの剣を作っているのはボクと同じで、ここではない世界の記憶を持っている人だから……」
「なっ……!?」
「ごめんなさい……ボクがあの時、無理やりにでも止めていれば……」
悲し気な表情を浮かべて語ったユウキに、テミスが再び驚きを重ねて息を呑む。
そんなテミスを見上げた後、ユウキは酷く気まずそうに視線を床へと落とし、謝罪の言葉を口にしたのだった。




