幕間 同じ穴の狢
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
……おかしい。
どうしてこうなった……。
酒場営業に切り替わったマーサの宿屋の食堂で、カルヴァスは冷や汗を流しながら苦悩していた。
その正面には、むっつりとした顔でカルヴァスを睨み付け続けるサキュドの姿があった。
この女。先ほど急に現れたかと思えば、ロンヴァルディアでのテミスの事を語り聞かせろと言い放ち、是も非も無く私をこの酒場へと引きずり込んだのだ。
「……で? 早く語りなさいな」
「いや……だからなんで私なんだ……」
「ハァ……本当に察しが悪いわね……テミス様はなんでこんな男と私を組ませたのかしら……」
困惑しながらため息を吐くカルヴァスに、それをさらに上回る程の特大のため息を吐きながら、サキュドは身を乗り出して指を突きつける。
「見れば解るでしょうが! テプローから戻ってから、あのミュルクとか言う小僧はマグヌスに執心だし、アンタ等の主はテミス様について行ってる……なら、残ってるのはアンタしか居ないでしょう!」
サキュドは不満を爆発させてカルヴァスに言い放つと、苛立ち紛れに音を立てて椅子へと戻る。
本当に、何だって言うんだ。
胸の中に立ち込める苛立ちに更なる苛立ちを覚えながら、サキュドは組んだ腕を指先で叩いた。確か今日も、マグヌスの奴はミュルクとやらと稽古をするなんて言っていたし、あの小僧の何を気に入ったかは知らないけど、その表情はあの堅物にしては楽し気だった。どうせ今頃も、まだどこかで木剣を叩きつけ合っているのだろう。
「私以外にも騎士団の者は居るだろう……そもそも、君は私を嫌っていたのではなったのか?」
一方で、カルヴァスもまた困惑の極みに居た。
何故なら彼等の部隊は、テミス達ファントを守護するべく戦った混成軍団の中で唯一、人魔が共に戦わなかった部隊なのだ。
先の戦いでも、慎重に戦いを進めようとするカルヴァスに反発したサキュドが、十三軍団の兵達をまとめて勝手に突撃をしていったせいで、カルヴァス率いる白翼の騎士達はそのサポートに回らざるを得なかったのだ。
「ええ。嫌いよ。臆病者に用は無いの」
「なら何故――」
「――でもね」
「っ……!」
冷たく言い放ったサキュドにカルヴァスが問うと、その言葉を遮ったサキュドが妖艶に微笑みながら言葉を続ける。
「雑魚にはもっと用は無いし……嫌う価値も無いのよねぇ……」
「な……にを……?」
カルヴァスは独特の威圧感を放ち始めたサキュドに息を呑むと同時に、椅子から微かに腰を浮かせて密かに身構える。十三軍団の中でも、この女だけは気質が読めない。今はこの女の主であるテミスも不在な上に、フリーディア様も居ない……。もしも何かが起こるのならば、私が対処する必要がある……。
「くふっ……」
「…………」
ものの数秒。客で賑わう酒場の中で、二人のテーブルだけが異様な緊張感に包まれる。しかし、極度の警戒を続けるカルヴァスに対して、サキュドはただ愉し気に笑い声を漏らしただけだった。
「そこよ。そういう所が、お前を選んだ訳」
「……なに?」
「臆病だけど慎重。そして、驚くほどに従順ね。こうして相対している今でも、私を止める事より先に、周りの連中を逃がす事を模索している……」
「――っ!!」
サキュドの言葉に、カルヴァスは目を見開いて驚愕を露にした。
確かにカルヴァスは今、サキュドが暴れはじめた場合、町の守護を任とする以上、どうやってその被害を減らすかを考えていたのだ。
「それにまがいなりとは言え、先行する私たちの戦いに兵をまとめて付いてきた……。フフッ――」
サキュドは言葉を切ると、ニンマリと笑みを浮かべてカルヴァスの目を覗き込むと、その鋭い八重歯を輝かせながら言い放った。
「お前、匂うのよ……。ただの臆病者と断ずるには余りある程に……強者の匂いが匂い立つのよ」
「フッ……フフフ……」
その視線を受け止めながら、カルヴァスもまた不敵に笑みを漏らした。
こうして言葉を交わしてはじめて、たった一つだけわかったことがある。このサキュドと言う女……ただの狂った戦闘狂かと思いきや、中身はその真逆……。元来の性格がそう見せているだけで、その実は恐ろしく冷静で理知的だ。
「つまりは……私はお前の興味の対象となった……と言う訳だな?」
「ええ。そうね。有り体に言えば」
「それで、私を酒の席に連れてきた……と」
「その通りよ?」
「そうか……解った……」
不思議そうに答えを返すサキュドに肩を落とすと、カルヴァスは密かに心を撫で下ろした。
何の事は無い。ただ親睦を深めようと言うだけではないか……。ただ、その誘い方が絶望的に下手なだけで。
「良いだろう。では、語るとしよう。我等が王都での動乱を……そして、我々がいかにしてお前の主……テミスに救われたかをな」
「…………なんだか今、凄くお前を殴りたくなったわ? 何でかしら?」
「まずは――」
カルヴァスが微笑んでそう告げると、ピクリと眉根を寄せたサキュドがテーブルの上でギシリと拳を握り締めた。しかし、カルヴァスは意図的にそれを黙殺すると、王都で何があったのかをサキュドに語り始める。
そして夜も更け、話が終わるころには、店の中にはサキュド達を除くと、密かにカルヴァスの話に耳を傾けるアリーシャとマーサしか居なくなっていた。
「……あによ。アンタもなかなか思い切ったコトするじゃない!」
カルヴァスが語り終えると、頬を赤く染めたサキュドが上機嫌に大声をあげた。
その周りには、空になった酒瓶やジョッキが山のように積み上げられている。
「ふぅ……なぁ、サキュド」
「ん~?」
カルヴァスは話の合間にサキュドが勝手に注文したワインで喉を湿らせながら、静かな声で語り掛ける。
「話のお代と言う訳では無いが一つ聞かせて欲しい。君は何故、テミスについて行くんだ?」
酒の勢いもあるのか、カルヴァスは胸の内の疑問を率直にサキュドへと投げかけた。戦いを望むサキュドにとって、正義を望み、平和を尊ぶテミスは歓迎できない存在のはずだ。そもそも、ほぼ真逆の性格をした彼女たちの反りが合うとは思えない。
「決まってるじゃない。面白いからよ」
「……面白い?」
「ええ。テミス様は平和を望みながらも、決して自分がその恩恵に与ろうとはしないわ。ただひたすらに平和を害す者を打ち斃し、ご自分が傷だらけになりながらも必死で『悪』を喰らい続ける……それで悲しむ者など誰も居ないと言わんばかりにね」
そう言うと、サキュドはチラリとアリーシャへと視線を走らせ、満面の笑みと共に言葉を続ける。
「それはまさに狂人の所業……。何の対価も無く、その身を砕き続けるなんて馬鹿のする事だわ。いつかは擦り切れて終わるだけ……。なのに、あの方は強い。本来ならばとうに狂い果てていても不思議ではないのに、尚も強いままに在り続けている。その矛盾が愛おしい程に面白いのよ」
「……なるほど。ありがとう」
サキュドが言葉を切ると、カルヴァスは即座に礼を言って話題を断ち切った。
何故なら――。
「フフ……そう言う意味では、貴方と私は同じなのかもね?」
「っ――!!!!!」
しかし、カルヴァスが覆い隠した心を、事も無げにサキュドは穿ち抜いた。
「見果てぬ夢の果て……それが永遠に来ないと知りながらも、その先を見たいと願っている。違うかしら?」
「フ……フフフッ……」
妖艶に微笑むサキュドがそう問いかけると、カルヴァスは初めて邪悪な笑みをその顔へと浮かべた。
そうだ。私は知っている。フリーディア様の思い描く夢が幻である事を。だが同時に、本当にその幻が実現したのならば、それは素晴らしい事だとも思う。
だからこそ、私はどんな手段を用いてもあのお方をお守りするし、その理想を穢させはしない。その困難な理想を共に追い求める為ならば、私は何でもするだろう。そしてきっと、私の目の前に座すこの女も。
「……ククッ。手のかかる主を持つと大変だな?」
「えぇ……互いにね」
二人は意味深な視線と共に、ニヤリと深い笑みを浮かべると、酒の注がれたジョッキを打ち合わせたのだった。
2020/11/23 誤字修正しました