1919話 囚われの勇者
ユウキの居る営倉へと足を踏み入れたテミスの背後で、重厚な鉄の扉が軋みをあげて閉ざされる。
それと同時に、部屋の外から差し込んでいた明かりは断たれ、明かり取りのために設えられた僅かな隙間から僅かな光が漏れ入るだけの、薄暗い空間が出来上がった。
「酷い部屋に押し込められたものだな?」
「…………」
「恨み言の一つでも垂れても構わんのだぞ? 約束が違う……! とな」
「…………」
しかし、営倉の隅に腰を下ろしたユウキは、眼前に立って皮肉を放って尚、テミスに一切の反応を返す事は無く、ただ俯いたまま座り込んでいる。
そんなユウキに、テミスは微かに溜息を漏らした後、おもむろに閉ざされた部屋の中を見渡した。
元々は懲罰用の牢なだけあって酷く狭く、机や椅子すら設えられてはいない。
ある物と言えば、用を足すための穴を隔てる申し訳程度の衝立と、傍らに打ち棄てられている薄い毛布くらいのもので。
この待遇を一目見ただけでも、彼女たちの処遇にフリーディアが関わっていない事が見て取れた。
「ハァ……。やれやれ、清廉潔白な団長を崇め奉るのは結構だが、流石にコレは品が無さ過ぎるだろう……」
テミスは呆れ声で呻くように呟きを漏らすと、おもむろに打ち棄てられていた薄い毛布を拾い上げ、座り込んだままのユウキに放ってかけてやる。
元よりユウキたちは、戦争を仕掛けてきた敵国に属する人間だ。
殴りかかってきた敵に怒りを向けるのは道理だし、義憤に駆られる気持ちも理解できる。
だが、白旗をあげて降伏してきた無抵抗な者にまで、このような仕打ちを強いるのは、たとえ反抗の危険性があったとしても、見ていて気分の良いものではない。
報告では、フォローダの町ではそれなりの待遇を受けていた筈だが、仮にも白翼騎士団の管理下たるこの船ですらこの扱いならば、それの信憑性も薄れてくる。
「チッ……!! オイ。起きてはいるんだろう? 私が判るか?」
「…………」
胸の内に沸いた苛立ちを紛らわすためにテミスは一つ舌打ちをすると、ユウキの間近にまで近寄ってしゃがみ込み、顔を寄せて俯いた顔を覗き込む。
その際、僅かにすえたようなにおいが鼻をつくが、テミスは表情一つ動かす事は無く、相も変わらず反応の無いユウキの顎に手を伸ばして正面を向かせた。
けれどそこに在ったのは、おおよそ生気というものを感じさせない、ドロリと淀んだ光の無い瞳で。
よくよく耳を澄ましてみると、僅かに動く唇の奥から、か細い囁き声が聞こえてくる。
「んん……? 何を喋っ――!!」
こうして間近にまで近付いても、聞き取る事が出来ないほど小さな掠れ声に、テミスは眉を顰めて耳を近付けた。
だが次の瞬間、眉根に刻まれた皺が一層深まると、既に剣呑さを宿していたテミスの紅の瞳にギラリと鋭い光が宿る。
ユウキのうわ言に意識を向けたテミスの耳に届いた言葉、それは止めどない呪詛のような謝罪の言葉で。
こうしてテミスと相対している今も尚、ユウキは己を責め続けていた。
「……おーい。聞こえるか? ……まぁ良い。ひとまずそのまま聞け」
僅かな沈黙と共に、テミスは肩目を吊り上げてガリ……と頭を掻くと、顎を持ち上げていた手を離し、再び支えを失って俯いたユウキの頬を軽くペシペシと叩きながら呼びかけを続ける。
けれど、一行に反応を示さないユウキに溜息を漏らし、テミスは静かに口を開いた。
テミスがユウキの元へと訪れたのは、昨日会敵したアイシュの情報を探る為だった。
戦いの中でアイシュが語った情報はどれも、一級品の価値を持つものではあったものの、敵に口から語られただけの情報を鵜呑みにする訳にはいかない。
その為の裏取り。そしてあわよくば、ユウキ達から新たな情報が得られないものかと、こうして出向いてきた訳なのだが。
「……と、いうのが我々の現状だ。お前達にとっては、逃げ出す好機かもしれんな?」
「…………」
詳細な情報こそ伏せたものの、まずテミスは今、自分達がパラディウム砦のある島に居る事を語り聞かせた。
何を聞き出すにしても、まずは興味を惹かなくては意味が無いし、恐らくユウキたちは自分達が今、何処に居るのかすら理解していないだろうと考えたのだ。
だが、テミス達からしてみれば一方的に情報を与えるだけの利の無い話をしてやっても、相も変わらずユウキは俯いてブツブツとうわ言を繰り返すばかりで。到底情報を聞き出せるような状態には見えなかった。
「そしてつい先日の事だ。妙な闇の力を繰る奴と会敵してな。どうにも気色の悪い変態だったよ。奴の話では、手にしていた呪法刀とやらの力らしいんだが……コイツがなかなかに腕の立つ奴だった」
「……ほ……とう……?」
「っ……!!!」
しかし、テミスが構わず話を続け、内容がアイシュに関する事柄へと移った時だった。
それまで、いくら語り掛けようとも、身体に触れようとも一切の反応を示さなかったユウキが、ピクリと僅かに肩を跳ねさせ、微かに自力で顔を持ち上げると、掠れ切った声で言葉を紡いだのだった。




