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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1987/2318

1917話 清々しき朝

 翌朝。

 穏やかな潮騒の音と海鳥の囀りに目を覚ましたテミスは、乱れ切った簡易寝台の上でムクリと身を起こす。

 昨夜はほぼ一晩中、周囲を警戒する騎士達の鎧の音が鳴り響き、本来ならば安眠などできようはずもない酷い夜だった。

 だが、幸か不幸か同じ天幕で休むはずのフリーディアとユナリアスが出張っているお陰で、テミスは早々に傷の治療に専念する事ができ、夜半を超える頃にはその疲れも手伝ったのか、今は清々しい目覚めを享受している。


「ぁふ……ぁ……っ……!」


 僅かに眠気の残る頭で、テミスは大きな欠伸を一つ浮かべた後、治療を施した傷の具合を確かめる意味も兼ねて力を込めて大きく背を伸ばした。


「っ……!! よし……痛みは無いな。上々だ」


 自身の調子に問題が無い事を確かめると、テミスは素早く身を翻して寝台を降り、手早く身支度を整える。

 その際、昨日フリーディアに巻かれた包帯を新しいものへと取り換えるのを忘れず、空になった簡易寝台の上へこれ見よがしに血の滲んだ包帯を放り捨てておく。

 こうしておけば、誰もテミスの傷が既に完治しているなどとは夢にも思わないだろうし、致命傷で無いにも関わらず、贅沢にも能力を用いて治療した甲斐があるというものだろう。


「さて……それでは、仕事(ワーカー)中毒者(ホリック)共の様子でも見に行ってやるか。クク……果たして奴は襲撃を仕掛けてきたのかねぇ……?」


 身支度を終えたテミスは薄い笑みと共にそう零すと、簡易寝台の傍らに立てかけてあった大剣をおもむろに担ぎ上げて天幕を潜り、朝日と清々しい朝の空気に満たされた外へと足を踏み出す。

 仮拠点は天幕の中からでも分かるほどに静まり返っており、昨夜の騒々しさが嘘のようだった。

 尤も、この静寂が既にアイシュがフリーディア達を殲滅した後のもので、テミスが間抜けにも襲撃に気付かずに眠りこけていたというのならば、暢気にこのような事をしている場合ではないのだが……。


「……この様子では、問題は無さそうだな」


 指揮所の役割を担っている天幕を目指して歩く傍ら、テミスは疲れ切った顔でフラフラと歩くカルヴァスとすれ違うと、クスリと薄い笑みを浮かべてひとりごちる。

 昨夜は気合に満ち満ちていたカルヴァスが、干からびた魚のようになっている所を鑑みると、どうやらフリーディアたちの懸念は杞憂に終わったらしい。

 当のカルヴァスは、もはや意識すら朦朧としているのか、すれ違ったテミスに半ば反射的に略式の敬礼こそして見せたものの、自身が誰と面しているかすらわかっていない様子で。

 うわ言のようなしゃがれた声で一言、お疲れとだけ言い残して歩き去って行った。


「…………」


 そして、その惨状は指揮所の天幕を潜ってなお続いており、テミスはどんよりと空気の淀んだ指揮所の天幕の入り口から中を覗き込んだ格好のまま、思わず足を止める。

 中には。椅子の背もたれに背中を預けて引っ掛かっているフリーディアと、指揮卓代わりの積み重ねた木箱の上に身を投げ出しているユナリアスが居て。

 普段の凛とした様子からはかけ離れた、とても旗下の兵達の目には触れさせられない光景に、テミスはヒクヒクと皮肉気に吊り上げた唇の端を痙攣させた。

 おおかたこの二人は、昨夜の忠告を無視して、全力全霊を以て防衛行動を行ったのだろう。

 だが、待てど暮らせどアイシュが襲撃を仕掛けてくる気配は無く、加えて一つたりとも敵の痕跡すら発見できず、精も魂も尽き果てたとみえる。


「……だから言ったじゃないか」


 そんなフリーディア達の様子に、テミスは呆れかえって深いため息を吐くと、蓋をするかのようにバサリと指揮所の天幕の入り口を閉ざす。

 昨日の邂逅はきっと、アイシュにとっても不意の遭遇戦であったのだ。

 別の任務を帯びている最中に戦闘になり、傷を負ったと仮定するのならば、まずは安全に治療の出来る場所まで撤退し、態勢を立て直すのが定石だろう。

 確かにこちらもそれなりに手傷を負っていたからこそ、敵にとって襲撃の好機である事に変わりは無いのだが、相手の状態も考慮に入れなければ、このような結果になるのも止む無しと言える。


「知らんぞ。私は」


 テミスが天幕の入り口を閉じた音で気が付いたのか、中から何やら蠢く気配を感じるが、気持ち良く澄み渡った青空を見上げてテミスはそう零すと、水辺へと足を向けた。

 折角こんなに気持ちのいい朝なのに、あんなに空気の淀んだ天幕の中に籠って、死に体の兵達の指揮を執るなど御免だ。


「……完全に擦り切れた頃合いを見て、ベッドに運ぶくらいはしてやるか」


 だが、万に一つの可能性とはいえ、アイシュが特攻を仕掛けてくる可能性が無かった訳ではない。

 故に、結果的に無駄に終わったとて、フリーディア達の働きは無意味だと断言する事はできないだろう。

 そう理解しているからこそ、テミスは肩を竦めて苦笑いを浮かべて嘯くと、キラキラと朝日を反射する湾を眺めながら、古い桟橋の端に腰を下ろしたのだった。

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