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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1984/2322

1914話 痛み分けの邂逅

 肉を裂く確かな手応えと共に、紅い鮮血が宙を迸る。

 テミスの放った不意を突いた一太刀に対し、アイシュは反射的に薄い闇の壁を現出させたものの、放たれた斬撃を防ぎ切るほどの固さは無く、僅かに刃を押し留めただけで霧散した。

 だがその僅かな一瞬で、アイシュは一歩テミスから逃れるだけの時間を得、怒声に反応して振り返りざまに受けた一太刀は、動きを完全に止めるには及ばなかったのだ。


「クッ……!? 馬鹿な……まだこんな力がッ……!!」

「チィッ……!! 仕留め損なったかッ……!! フリーディアァッ!! 絶対に影の中に入るなッ!!!」

「――ッ!!!」


 大剣に切り裂かれた胸元を抑えてよろめきながらも、アイシュは更に一歩砦の暗闇の中へと足を進め、大剣の間合いから逃れる。

 対するテミスは、逃れるアイシュに追い縋り二の太刀を加える事はせず、足元を区切る境界線の光の側に留まりながら、大きく息を吸い込んで怒鳴りをあげた。

 刹那。

 テミスの一太刀に合わせて飛び込んでいたらしいフリーディアは鋭く息を呑み、即座に駆ける足を止めて力強く地面を踏みしめると、テミスの数歩後ろで踏み止まった。


「おや……? なるほど、お仲間がいたのですか」

「っ……! ねぇ――」

「――喋るな。今はな。コイツは敵。それだけだ」

「……了解」


 既に抜刀しているフリーディアは、横目でチラリとテミスへと視線を向けて口を開きかける。

 その目には既に悲しさと優しさが混ざり合った、痛まし気な色が浮かんでおり、故にテミスは言葉少なにフリーディアの言葉を封殺すると、冷ややかな瞳をアイシュへと向けた。


「フ……フフ……。敵……ですか……。いや、本当に残念だ」

「なっ……!? お前ッ……!!」

「……? 何です? 確かに手痛い一撃を貰ってしまいましたが、動けないというほどでは……。……! あぁ……」


 警戒を解かない二人の前で、アイシュは余裕を見せ付けるかのようにクスリと笑うと、胸の傷を押さえていた手をゆっくりと降ろした。

 そこには、テミスの一太刀によって切り裂かれた黒い衣服の間から覗く確かなふくらみがあって。

 邂逅してから一番大きな驚愕を露にするテミスに、アイシュは首を傾げて疑問を口に仕掛けた後、得心したかのように喉を鳴らして笑みを深める。


「あははっ……! これだけの事を目の前にしておいて、驚く所がそこですか……! 男性と間違われるのは良くありますが……くふふふっ……! そのとてつもない強さといい、貴女は本当に面白い……」


 そして一拍の間の後。

 アイシュは穏やかな声で笑い声をあげ始めると、込み上げる笑いをこらえながら言葉を紡ぎつつ、目尻にうっすらと浮いた涙を拭う。


「笑われる謂れは無いと思うがな。私を飼うだの、自分のモノになれだのと宣っていた癖に」

「なぁっ……!?」

「クスクス……! 本心ですよ。嘘偽りなく全て……ね」


 同時に、不意打ちを受けて以来アイシュから放たれていた濃密な殺意が薄れ、テミスもまた警戒こそ解きはしないものの、鋭く見据えていたアイシュから僅かに視線を逸らし、苛立ちを露に吐き捨てた。

 その言葉に、傍らに立つフリーディアが顔を赤らめて驚きの声をあげると、アイシュの瞳がきろりと動いてフリーディアを捉え、優美な微笑みを浮かべて言葉を紡いだ。

 場に漂う雰囲気はこの時すでに戦いの場のものではなく、三者が三様に剣を手にしているが故に、互いを警戒する緊張感こそあるものの、つい先ほどまで切り結んでいたとは思えないほどの和やかさを帯び始めていた。


「さて……それでは、私はそろそろお暇するとしましょうか」

「……逃げるのか?」

「おや、これは魅力的なお誘いだ。……ですが、この場は両者痛み分け。そちらにとっても都合が良いはずですが?」

「どうかな? 二対一だ。今この場で、決着をつけても構わんのだぞ?」

「止しておきましょう。このまま陽が落ちるまで待って、貴女たちを持ち帰るのも惹かれますが、この傷では少しばかり苦しそうだ」


 ゆらり……と。

 大きく体を揺らしたアイシュが穏やかにそう告げると、口角を歪めたテミスが静かな声で挑発する。

 しかし、テミスの挑発にアイシュが乗る事は無く、微笑みと余裕を崩さないままに言葉を続けた。


「近いうちにまた、必ずお会いしましょう。あぁ、それと……私はいつでも歓迎いたしますよ。よろしければお隣の……フリーディアさん、でしたか? 彼女も供に連れて是非……ね……」

「面白い冗談だ。次は必ず仕留めてやるから覚悟しておけ」


 意趣返しとでも言わんばかりに、身を翻したアイシュは視線でフリーディアを示してそう言い残すと、砦の奥の闇の中へ向かってコツコツと歩を進め始める。

 そんなアイシュの背中を、テミスは鋭い視線で見送りながら、不敵な笑みを浮かべて静かな声で告げたのだった。

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