1912話 力をその手に
影、若しくは闇を用いた絶対防御。
奴の過剰ともいえる自身の源は、そこに在るのだろう。
確かに、予備動作すら無く襲い来る闇色の剣は、こちらの斬撃を完璧に防ぎ得る大きな脅威だ。
だが、所詮は闇の中でしか用いることの出来ない近接特化の防御能力。
「恐るるに足らんよ」
クスリと口角を歪めたまま、テミスは振り上げた大剣に闘気と魔力を込めると、嘲笑混じりに吐き捨てる。
練り上げられた闘気と魔力は次第に光を帯び、黒く輝く大剣の刀身を包み込んでいった。
「なっ……!? 魔力っ……!?」
「遅い」
瞬間。
アイシュは焦りを顔に浮かべて腕を振るい、足元に広がる闇の中から二振りの曲刀を現出させる。
しかし、天を衝くが如く掲げられたテミスの大剣には、既に十分な力が漲っており、無慈悲に響いた短い言葉と共に、空を割く音を奏でながら大剣が振り下ろされた。
「しまッ……!!!」
虚空を切り裂いたテミスの斬撃。
そこから放たれるのは、新月斬と名付けられた刃なき不可視の一撃で。
不殺の技とはいえ、相応の威力を有する攻撃を前に、息を呑んだアイシュが振り抜いた掌を固く握り締めると、足元の闇がバキバキと音を立てて壁のようにせり上がった。
だが、せり上がった闇色の壁に激突した新月斬は、薄氷を割り進むかのように突き進み、行く手を阻む壁を削り砕く。
対するアイシュは、闇色の壁が斬撃を阻んだことにより生まれた僅かな猶予で、構えていた剣の切っ先を地面へと向けると、膝を折って勢い良く地面へと突き立てた。
すると、割れ砕ける闇色の壁の後ろから、交叉した巨大な一対の曲刀が現れ、その幅広で肉厚な刀身を盾にするかの如く、新月斬の前に立ちはだかる。
「ホゥ……?」
そして、ズズン……!! と。
地響きを伴う音が響き渡ると、テミスの放った新月斬は闇色の曲刀に大きなヒビを刻んで消え失せた。
しかし、テミスは興味深げに息を漏らしたのみで笑みを崩すことは無く、振り抜いた大剣を肩に担ぎあげ、ビシビシと音を立てて崩れていくアイシュの曲刀を眺めていた。
「ッ……!! ハァ……ハァ……!! 全く……驚かされましたよ。とんでもない切り札を隠し持っていますね……貴女は……」
「…………」
「だが、それもこれでお終い。まさか、魔力持ちだとは思いませんでしたが、これで貴女はもう打つ手がない……そうでしょう?」
「面白い考察だ。根拠は?」
「あははっ!! 強がる姿も健気ですねッ!! 人間の身であれだけの魔力を放出したんだ。今だって、そうして立っているのがやっとの筈。いや、恥じる必要は無いですよ。気を失わないだけ見事なものだ!」
崩れ去った曲刀の後ろから姿を現したアイシュは、地面に付き立てた長剣に縋って息こそ切らしていたものの、その顔は隠しきれない歓喜に輝いている。
もしもテミスがただの人間だったならば、アイシュの見立ては間違っていないのだろう。
鍛練を積み重ねたフリーディアでさえ、魔力と闘気を収束させて放つ月光斬を放てば、かなりの消耗は免れない。
だが生憎、この世の理から外れているテミスにその常識は当てはまらず、事実テミスはまだ幾らでも新月斬を放つ余力を残していた。
「……貴女。本当に私のモノになる気はありませんか? 勿論、他の子たちみたいな扱いはしません」
「ハッ……!! それで誘っているつもりか? まるで話にならん。奴隷になれと言われて受ける莫迦など何処に居る」
「奴隷ではありません。私は今、本当に貴女の能力を欲している。この剣を持つ我々が居る限り、ロンヴァルディアはじきに陥ちるでしょう。いいえ……ロンヴァルディアだけではありません。彼等が苦戦していたという魔族共でさえ……」
「剣……だと……?」
それでも尚。
テミスが追撃を仕掛ける事無く待っていたのは、油断したアイシュが隙を見せるのを待っていた為だった。
しかし予想外にも、饒舌に喋り出したアイシュが口走った台詞に、ピクリとテミスは眉を跳ねさせる。
「えぇ。私と共に来るのならば、いずれ貴女にも下賜されるやもしれませんよ? いや、確か……そろそろ新たな試作刀が完成するという話も聞きました。私が本気であるという証として、私から先生に掛け合ってみても良い!」
「舐められたものだ。そんな悪趣味な剣に何の価値がある」
それは、テミスが一度諦めた、アイシュに関する情報で。
テミスは僅かに興味を惹かれた振りをして見せた後、鼻を鳴らして吐き捨てると、言葉に反して隠しきれに興味が漏れ出しているかの如く、アイシュの手元にある闇色の剣へと視線を向けてみせた。
「ははッ……!! わかっていませんね! この剣……呪剣こそが、この戦いで貴女を苦しめた闇を繰る力の源ッ!! 先生は呪法刀と呼んでいましたが、その力を貴女は身を以て知っているはずだッ!!」
「呪法刀……」
そんなテミスの言葉に、アイシュは携えた剣を高々と掲げて叫びをあげると、感情の高ぶりを露に叫びをあげる。
一方で、テミスはアイシュの呪剣へと鋭い視線を向けたまま、静かな声で呟きを漏らしたのだった。




