幕間 置き石部隊
幕間では、物語の都合上やむなくカットしたシーンや、筆者が書いてみたかった場面などを徒然なるままに書いていきます。なので、凄く短かったりします。
主に本編の裏側で起っていた事や、テミスの居ない所でのお話が中心になるかと思います。
「やぁ。ようこそ……そろそろ来ると思っていたよ」
「ウム……この度は要請に応じていただき感謝する。我が主に代わり、御礼申し上げる」
「フフッ……彼女はそんなに律義な事は言わないだろうけどね」
テミスとフリーディアが、抗議の為にヴァルミンツヘイムへ向かっている頃、マグヌスとミュルクの率いる別動隊は、テプローを訪れていた。
「そしてそちらは……おやおや、彼女も考えたね……」
マグヌスとにこやかに言葉を交わした後、ケンシンはミュルクに視線を向けると、面白そうにその笑みを深めた。
「っ……まさか、テプローを墜とされているとは……」
その光景を見て、ミュルクは小さく歯噛みをしながら、密かに拳を握り締めた。
冒険者将校であるケンシンの裏切りは、俺達にとっては大損害だ。しかし、フリーディア様の誓いに則るのならば、この未だ発覚していない事実を公表する事はできない。
「フム……少し、勘違いがあるようですね?」
「っ――!」
その様子を見たケンシンは、薄い笑みと共に呟きを漏らすと、ミュルクへと近付いて笑いかける。確かに、何も知らない彼等にとって、我々が十三軍団と交流があるのは裏切り行為に映るだろう。事実、ある程度人間軍を裏切っているケンシンにとって、その事実を否定する気は無かった。だが、部外者である彼等にそれを咎められるのは、いささかに気分が悪い。
「我々はテミスさん達十三軍団に借りがある……故にこうして、折を見てそれを返しているんですよ」
「借り……だと……?」
確か以前、フリーディア様がそのような事を零していた気もするが……。いや、あり得ない。そもそも、あの冷血なテミスが面識のないケンシンを助ける理由など無いのだ。よって、この男は――。
「不快なんですよ」
「っ……!!」
「っ!! お待ちいただきたい、ケンシン殿」
刹那。ミュルクを見下ろすケンシンの雰囲気が一気に不穏なものへと変わり、その殺気とも取れる威圧感にミュルクが数歩後ずさる。その気迫は、思わずマグヌスが止めに入る程に強烈なものだった。
「解っていますよ。弁えてもいます……」
ケンシンはそう言ってマグヌスに微笑みかけると、再び厳しい表情に戻って視線をミュルクへと視線を注ぐ。
「あなた方の視点も解ります。だからこそ我々はこうして、白翼騎士団である貴方も含めて歓迎している。……でもね」
「っ!!!??」
ケンシンはそこで言葉を切ると、目を見開いてミュルクを睨み付けた。その表情は、普段笑顔を絶やさない彼からは想像もつかない程に冷たいものだった。
「我々がテミスさんに借りを返す事に付いて、間に合わなかったあなた達がとやかく言う権利は無いんですよ」
「間に……合わなかった……?」
掠れた声で、ミュルクは辛うじてケンシンへと言葉を返した。この様子ではまるで、フリーディア様の予想が正しいようではないか……。
「それで、マグヌスさん。指令の方は? 一字一句違わず、お願いします」
「……? ウム……。我々に出された指令は、テプローの勢力圏の中で陣を張り待機せよ。ですが……」
「……なるほど。理解しました。では、ご案内しましょうか」
「ウ……ウム……」
笑顔に戻ったケンシンが身を翻すと、凍り付いたミュルクをチラチラと振り返りながら、マグヌスはその背に続いたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
マグヌス一行がテプローに到着してから数日……指示を待つ彼等の元に、テミスからの指令が通達される事は無かった。
「っ……クソッ! 何を考えているんだッ!」
朝露を含んだ下草を踏み荒らしながら、ミュルクは苛立ちを込めて木剣を振るう。
後ろを抑えるなどと言いながら、こちら側に配置された戦力は僅か……。悔しいが、怪我の完治していない俺では、大した戦力にはなれないだろう。ならば、こちら側に配置された特記戦力は、あのマグヌスとか言う魔族一人なのだ。
「っ……! ッ……!!」
その苛立ちをぶつけるように、ミュルクは力任せに木剣を振るい、空気を切り裂いた。もちろん、そこに思い浮かべているのは、あの訳の分からない女の顔だ。
「少数戦力でッ! 大軍に勝つのならばッ……! 攪乱して叩き潰すしか無いだろうッ!!」
ビュン、ギュンッ……! と。甲高い風切り音が鳴り響き、その剣圧の余波がミュルクの額に浮いた球の汗を弾き飛ばす。
――いっその事、白翼騎士団の面子だけを率いて打って出るか……?
血の昇ったミュルクの頭に、不穏な思考が過りはじめる。あちら側にはフリーディア様が居るし、連携を取る事はできるだろう。あとは、あの大軍勢に打ち勝てるかだが……。
「稽古を欠かさぬのは殊勝な事だが……荒々しいな。剣に雑念が乗り過ぎている」
「――っ!!」
ミュルクの思考が、ある一点へと辿り着く刹那。その思考を断ち切るように、ミュルクの前に現れたマグヌスが静かに声をかけた。
「余計な世話だ。お前達の主は、ずいぶんと臆病なんだな?」
「フッ……」
苛立ち紛れにミュルクがそう言い放つが、マグヌスは頬を歪めて小さく息を漏らすだけだった。奴等の中でも忠誠心のひと際高いこの男ならば、主を馬鹿にされれば怒ると思ったのだが……。
「不思議か? 私が怒らぬことが」
「っ――!! ああ。捨て駒にされて厚い忠誠心も冷めたらしいな?」
「捨て駒……? ククッ……プッ……ハハハハハ!!!」
静かに問いかけるマグヌスに、ミュルクは皮肉気な笑みを浮かべて挑発を続ける。しかし、それを聞いたマグヌスは不意に噴き出すと、堪り兼ねたかのように笑い声をあげた。
「なっ――何がおかしいっ!」
「ハハハハッ……いや、すまないな。我々が捨て駒程度の戦力しか無い事を、お前が正しく認識している事に驚いたのだ」
「っ――!」
ぎしり……。と。笑い声をあげるマグヌスを睨み付けながら、ミュルクは密かに歯を噛み締めた。敵ながらも、その忠誠心だけは武人の物である……。魔族だてらに、良い気概を持った者だと思っていたのに……。
「なに。そう睨むな。確かに我々の戦力は捨て駒程度のモノだが、我等は決して捨て駒なのではないぞ?」
「馬鹿なッ! ならば何故、こうも次の命令が来ないっ! 俺達はこの町に来て何をした? ただこうして、待機しているだけではないかッ!」
「……それで良いのだ」
「なに……?」
いきり立つミュルクに、マグヌスはゆっくりと口を開く。
「我等が、ただこうしてここに居るだけで意味がある……。そう言っている」
「っ……!?」
ここに居るだけで意味がある……? 確かに、少数とはいえ敵が後方に居るのは威圧感があるだろう。しかし強大な敵戦力に対して、この程度の戦力では無意味にも程がある!
「やれやれ……確かに、お前のような鉄砲玉を止める事ができるのは私くらいのものか……。サキュドの奴では嬲り殺しかねん……」
目を見開いて疑問符を浮かべるミュルクを眺めながら、マグヌスは大きくため息を吐きながら口を開いた。
「良いか? それはお前が、こちらの戦力の内情を知っているからに過ぎん」
「……内情だと?」
「そうだ。特記戦力はたったの二人、しかもそのうちの一人は負傷していてロクに戦えない……。おまけに、部隊は編制したばかりの混合部隊ですり合わせも済んでいない」
きいただけでも、絶望的な状況だ。とミュルクは内心で答えを出した。急造に急増を重ねたこの部隊で、一体何ができると言うのだ……?
「だが、我等はそもそも少数にて最強を誇る部隊。現に一度、奴等には圧倒的な兵力差を覆して見せている」
「……」
ミュルクはマグヌスに視線を向けると、無言でその続きを促した。義を捨てたのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。ならば、それほどまでに忠を置く根拠を、ミュルクは知りたかった。
「……兵法とは、我が身を見つめ直し、敵の視点を持ち、その裏を読み続けることなり。我等竜人族に伝わる教えだ。では、問おうか。今語り聞かせた前提を元に、敵の視点から我等を見た時、この部隊はどう映る?」
「どう……って……」
首を傾げたミュルクは、マグヌスに言われたとおりに思考を走らせる。
数的劣勢を考慮した上で、圧倒的な戦力差を覆すほどの部隊が出した少数戦力。更には、わざわざ迂回してまで後方に配置。……っ!!
「精鋭の中の精鋭……超特記戦力だけを集めた、一撃決殺の部隊……!?」
ブツブツと呟きながら思考を纏めていくにつれ、ミュルクの目がみるみるうちに見開かれていく。
狂っているとしか言いようがない……。要は、攻められた瞬間に瓦解するただのこけおどしではないか。
「フッ……そう言う事だ。どれ、わかったのならばひとつ稽古でもしようではないか」
マグヌスはミュルクが出した答えに頬を緩めると、剣帯に挟んでいた木剣を引き抜いて構えて見せる。
「っ……なるほど。気楽な訳だ」
それに応じたミュルクは、呆れたような笑みを浮かべながら手にしていた木剣を構え直す。存在するだけで意味があるなど、とんだ兵法もあったものだ。
「では、いざ尋常に……」
「勝負ッ!」
ガゴォンッ! と。木剣がぶつかり合う音が、朝の空気の中に響き渡ったのだった。
2020/11/23 誤字修正しました