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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1978/2322

1908話 闇に潜みし者

 言葉と共にテミスの前へと姿を現したのは、酷く不気味な風体をしていた。

 まるで闇の中から這い出て来たかの如く、瞳も髪も全てが黒く、それに誂えたかのように身に纏う軍服までもが黒一色に統一されている。

 しかし、その中性的な顔は美男子……若しくは美人と言って差し支えの無い程度には美しく、程よく鍛えこまれた長身痩躯な身体は怪し気な色気すら放っていて。

 だが、その全てを包み込むかの如く断絶された気配と、ドロリと殺意で濁った瞳が、嫌悪感を覚えるほどの不気味さを醸し出していた。


「流石は天下に名高い白翼騎士団の一員……と言う訳ですか。僭越ながらお名前をお伺いしても?」


 不審な人物は軽く両手を広げてそう告げると、更に一歩砦の中を閉ざす闇の中からテミスへ向けて歩み寄る。

 身振りだけを見れば敵意は無く、友好的であるとすら思えるだろう。

 けれど、テミスの直感は今も尚けたたましく警鐘を打ち鳴らしており、眼前の人物が敵であると声高に叫んでいた。


「……他人に名を尋ねる時は自ら名乗るモノだと教わらなかったのか?」

「おっと。フフ……これは失礼。私はアイシュ。アイシュ・グラフィオと申します」


 クスリと口角を歪め、不敵な笑みを浮かべたテミスが挑発するかのように問いを返すと、不審な人物は意外にも素直に己の名を名乗る。

 だがその際に浮かべた、心の底から意外だとでも言わんばかりの表情が、何故か酷くテミスの癇に障った。

 奴の得物は長剣か……。

 同時に、テミスはアイシュと名乗った不審人物の腰へと視線を走らせると、そこには禍々しい気配を放つ一振りの長剣が収められていた。

 大剣と長剣。

 互いに剣としては射程(リーチ)の長い得物を繰るとなれば、間合いが重なるまであと数歩も猶予は無いだろう。

 もしもこのまま間合いが重なれば、戦闘は避けられない。

 そう直感しながらも、テミスは可能な限り情報を引き出すべく、悠然とした態度で言葉を重ねる。


「足りんな。所属と階級は? 知っての通り、この場所は軍の管理下にある。君が軍属でないと主張するのならば、規定に基づき罰則を与えねばならん」

「フム……それは困りました。私としては身分を明かしても構わないのですが、その前にせめて、お名前くらいはお聞きしておきたいのですよ」

「拘るな。何か理由があるのか?」

「えぇ……勿論……」


 更に一歩。

 言葉を交わしながらゆっくりと距離を詰めてくるアイシュに、テミスは今にも己が背に背負った大剣の柄へと閃きそうになる右手を必死で抑えていた。

 万に一つ、コイツが蒼鱗騎士団の生き残りであったならば、戦闘は避けられるかもしれない。

 だがそれは、無いにも等しい極小の可能性で。

 ならば、このアイシュがヴェネルティの者であると仮定したうえで、最低でもどの国に属する者であるかだけは聞き出しておきたい。


「『かう』時に名前が無くては不便でしょう? 私が名付けてあげても良いのですが、やはりどうにも、皆新たな名というものは受け入れ難いようでして」

「はっ……?」


 直後。

 さも当然の事であるかのように放たれた言葉に、脈々と巡らせていたテミスの思考がフリーズする。

 今、コイツはなんと言った? 『かう』? 買う(・・)? 否。文脈から考えるに、正しい意味合いとしては『飼う』だろう。

 だが何を? いや……現実逃避は止そう。

 コイツは今、他でもない私に名を尋ねたうえでこう宣ったのだ。

 つまり、奴はあろう事か、私を『飼う』などと世迷言をほざいているのだ。


「ッ~~!!! いかれた異常者がッ……!!」

「あははっ……!! 良い! 良いですねぇ! その表情!! 貴女のように聡く、美しく、そして強そうな仔はすごく良いッ!!!」

「……貴様が何者であるかなどは最早二の次だ。敵であることは理解した」


 へらりと整った顔を崩して高笑いをするアイシュを前に、テミスは遂に背負った大剣に手を閃かせると、ジャリンッ! と涼やかな音を奏でながら抜き放った。

 ヴェネルティの手の者か、はたまた戦争のどさくさで人を攫いに来た変態か。

 そのどちらだとしても、アイシュが斬るべき敵である事に変わりはなく、諸々の細かな事は斬って捕らえてから聞き出せばいい。

 苛立ちと共に判断を下したテミスは、地面とは水平に構えた大剣の切っ先をアイシュへと向け、突撃の構えを取った。


「ンッフッフッフ……!! じっくりと、名前から訊き出してあげるのもまた一興ですかね。あぁ……優しく……壊さないように気を付けなくては……!!」

「チィッ……!! 気色の悪いッ……!! 手元が狂って殺してしまうやもしれんな!!」


 そんなテミスを前に、アイシュはゆらりと腰の長剣を抜き放つと、その言動とは裏腹にピタリと精緻な構えを取る。

 予定外の事ではあったが、さっさと叩き潰して帰るとしよう。

 テミスはゾワゾワと背筋を這い上ってくる悪寒に舌打ちをすると、胸の内でそう嘯きながら静かにそう吐き捨てたのだった。

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