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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1977/2321

1907話 先行偵察任務

 パラディウム砦は、テミス達が撤退した時の姿のまま、静謐の中に佇んでいた。

 少しばかり異なっている点と言えば、傷付き放棄された防壁の表面が、薄っすらと緑色の苔のようなもので色付いている程度だろう。


「……妙な気配は無いな」


 砦を守る防壁の正面。

 その少し開けた広場のようになっている場所へと足を踏み入れたテミスは、注意深く周囲の様子を探りながらボソリと呟きを漏らした。

 激しい戦いの末とはいえ、この砦は人が去ってからまだ一月と経っていない。

 だというのに、周囲に立ち込める廃墟が醸し出す独特の退廃的な雰囲気が濃いのは、やはり打ち棄てられた数々の遺体の所為なのだろうか。


「どちらにしても、ただ眺めているだけでは埒が明かん。ここからは私が先行する。フリーディア。お前は合図をしたらついて来い」

「貴女がいったい、何をそこまで警戒しているのかはわからないけれど……。了解したわ」


 静謐な砦前の空気を吸い込んだテミスは、傍らに立つフリーディアへ静かに指示を告げる。

 それに対して、フリーディアは溜息まじりに言葉を返すものの、腰に提げた剣の柄へと手を番え、コクリと頷きながら一歩退いた。

 心中は兎も角、作戦行動の妨害はしないという意思表示なのだろう。

 即応待機の姿勢を取ったフリーディアの態度をそう解釈したテミスは、脚に力を込めて防壁の傍らまで一気に駆け抜ける。


「フム……苔がむしている……と言えるほどではまだないか……」


 砦の防壁に背を預ける形で足を止めたテミスは、眼前の防壁に指を這わせて表面の汚れを削り取ると、しっとりとした感触と共に指に付着した苔を擦りながらひとりごちる。

 こうした植物の類の生態に詳しい訳では無いが、短期間でこのような変貌を遂げたのは恐らく、この島の気候や湿度、若しくは防壁に使われている材料によるものなのだろう。

 ともあれ。

 もしも生物にとって有害なものが発生していたとしたら、こうした植物も生えてくる事は無い筈だ。

 尤も、人体にのみ害を為す類いの物質であればその限りではないが、その手の特殊な物質は自然発生する可能性は低く、計測する道具も無い今は、テミス自身の身を以て調べる他は無いだろう。


「さて。問題はここから……か」


 ひとまず、ここまでは問題無い。

 胸の内でそう呟いてから、テミスは崩壊した門から慎重に内部を覗き見た。

 防壁の内側の荒れ具合も、ここから見る限りでは殆ど外側と変わりないように見える。

 戦いの跡こそ残ってはいるものの、遺体から発せられる腐臭が溜まっているなどという事もなく、片付けさえ済ませてしまえば、すぐにでも簡易的な拠点を作る事は叶いそうだ。


「……とはいえ、当面の間。水などの余剰物資は必要だな」


 当面の危機は無いと判断したテミスは、今後の計画に思考を巡らせながらぽつりと言葉を零すと、背後で待機しているフリーディアに身振りで指示を出してから、するりと防壁の内側へと身を滑り込ませる。

 砦の設備が生きていれば、生活に必要なライフラインの確保は難くないだろうが、どちらにしても片付け(・・・)が済むまでは、使用不可能である事に変わりはない。

 特に陽の光や風雨に晒される屋外とは異なり、砦の内部が如何なる惨状であるかなど容易に想像が付く。

 つまるところ、ここから先は甘く見積もった所で地獄が広がっているであろう事は間違い無い筈なのだ。


「ハァ……自分で言い出した事ではあるが、猛烈に帰りたい……」


 ふと、戦場の噎せ返るような血の匂いを思い出したテミスは酷く憂鬱な気分で溜息を吐くと、開け放たれたままになっている砦の入口へ向かっていた足を止める。

 しかし、この砦の機能回復は急務である事に変わりはなく、今この島に居る者の中で、テミス以上に先行偵察の任に適した人材が存在しないのもまた事実。

 だからこそ、どう足掻いても逃れることはできない役目であると己に言い聞かせ、テミスが酷く重たい足を更に一歩前へと進めた時だった。


「っ……!!」


 ざわ……と。

 テミスの全身を身の毛がよだつような感覚が駆け抜け、ドロリとした緊張感が意識を包み込んだ。

 神経が鋭敏に研ぎ澄まされていくその感覚は紛れもなく、剣閃を交える戦場のそれと同じもので。

 最も激しい戦場であった場所へ歩み寄ったから、死闘の残り香に中てられたか?

 いつの間にか自身の意識が戦闘用のそれへと移行しているのを感じながら、無意識の内に身構えたテミスがそう考えた時だった。


「おや……? これでも感付かれますか……。気配は完全に消していたと思ったのですがね……」


 ゆらり。と。

 砦の中の暗闇から闇色の衣服をまとった長い足が伸びると同時に、陰鬱な雰囲気を帯びた聞き覚えの無い声が、濡れ紙を裂くように静寂を破ったのだった。

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