1906話 共駆け
数時間後。
装備を整えたテミスとフリーディアは、二人でパラディウム砦へと続く山道を疾駆していた。
騒がしい揉み合いを終えたテミス達は、朝食を取った後に改めてロロニアを加えて会議を開き、拠点設営の任に就く本隊から、偵察用の別動隊を抽出したのだ。
壮絶な論争の末、単独での任務に長けるテミスと共に赴く役は、頑として譲ろうとしなかったフリーディアが勝ち取り、本隊の指揮をユナリアスが執り、防衛部隊の陣頭指揮はロロニアに一任された。
テミスとしては、フリーディアの同行すら不要で、寧ろ好き勝手に動き回るフリーディアは足手まといだと反発したのだが、偵察任務中はフリーディアがテミスの指揮下に収まる事を条件に、やむなく随伴を認めたのだ。
「…………」
「っ……」
しかし、念願叶ってテミスと共に先行偵察の任に就いたというにもかかわらず、山中に分け入ってからというもののフリーディアは神妙な面持ちで黙りこくったままで。
テミスは時折、自身の駆ける速度にフリーディアが付いて来られているか確認する為にチラリと背後を振り返っている。
だが、その度にフリーディアは無用な心配だと言わんばかりに、沈黙を保ったまま後ろを振り返るテミスを鋭く睨み返した。
「っ~~!!!」
このままの状態で砦に着けば、偵察任務に無用な影響が出かねない。
そう判断したテミスは、砦が間近にまで近付いた辺りで速度を緩めて足を止め、意を決して己が背に続くフリーディアを振り返った。
「ッ……! ハッ……! ハッ……!!」
そこには、荒い息を吐きながらも凛と気高い瞳でテミスを見据えるフリーディアが居て。
テミスは少しだけ驚きの表情を浮かべた後、クスリと音も無く口角を吊り上げた。
よくよく考えてみれば、山中を疾駆するテミスの行軍速度に、通常の人間であるフリーディアがついて来るのは至難の業だ。
だが彼女自身、自ら同行すると言って譲らなかった意地もあるのだろう。
思い返してみれば議論を繰り広げる中で、決して足手まといにはならないと宣言していた気もする。
ここまでフリーディアが一言として言葉を発しなかったのは、何も酷く機嫌を損ねていたからなどでは無かったのだ。
「……少し休憩だ。ついでに、砦に突入する際の段取りの最終確認をする」
「了解……よ……!」
とはいえ、全力を振り絞ってここまで駆けてきたであろうフリーディアの体力も限界だろう。
フリーディアの未だに整わぬ乱れた呼吸と、額に浮かぶ球の汗からそう判断したテミスは、努めて素っ気ない口調で告げると、手近な大きさの石を見繕って腰を下ろした。
すると、命令に答えを返したフリーディアは、疲労の滲んだ顔に安堵の表情を覗かせた後、その場でドサリと音を立てて崩れ落ちるように膝を付く。
「だがこの道では、資材の搬入や作業員たちの移動も一計を案じる必要があるな。毎度毎度この山道を登っていては埒が明かん」
そんなフリーディアの様子を視界の端で捉えながら、テミスは後ろに回した両手で自身の体重を支えつつ、のんびりとした口調で口を開いた。
しかし、フリーディアの消耗はテミスの予想を上回って激しいらしく、聞こえてくるのは荒い息遣いばかりで、返事が返ってくる事は無かった。
だがそれでも。
テミスが労いの言葉を口にする事は無く、訪れた沈黙の中にフリーディアの苦し気な息遣いだけが木霊する。
「…………」
そうして場を支配したのは、酷く気まずい雰囲気で。
けれど、ここで不用意に労いの言葉を口にしたり、調子を慮るような真似をしてしまえば、ここまで歯を食いしばって必死で食らい付いてきたフリーディアの努力が水泡に帰す。
故に。今テミスがフリーディアの意地と誇りに報いるには、ただフリーディアの体力が喋る事が出来る程度に戻るまで、沈黙を貫く事だけだった。
「……防壁の内側は、傾斜もなくてそれなりに広さがあったはずよ。そう大規模なものは作れないけれど、作業員用の簡易的な拠点なら作れるはずだわ」
「フム……ならば、防壁の内側の様子も確認する必要があるな。では、作業員用の簡易拠点の予定地を確認してから、砦の内部に侵入するとしよう」
「了解したわ」
しばらくの沈黙の後。
辛うじて言葉を紡ぐ事が出来る程度には息の整ったフリーディアが口を開くと、テミスは何事もなかったかのように鷹揚に頷いて応ずる。
それに対して、フリーディアはコクリと頷いて短く言葉を返しただけで、すぐに出立しようとしているかのように震える脚で立ち上がった。
だが。
「そう焦るな。念のために重ねて言っておくが、今回の偵察では私が先行する。お前は後に続き、私が指示を出すまで先走るなよ?」
「……そう何度も言わなくてもわかってるわよ」
「クク……ならば良い」
テミスは石に腰を下ろしたままフリーディアを制すると、ゆっくりとした口調で言葉を重ねる。
それは無理を重ねようとするフリーディアへの忠告であり、言葉に含まれた意図を受け取ったらしいフリーディアは、拗ねたように小さく鼻を鳴らした後、再びその場に腰を下ろした。
そんなフリーディアに、テミスは小さく喉を鳴らして笑うと、のんびりと背を逸らして空へと視線を向けたのだった。




