1901話 黒き足音
カンッ! カンッ! カンッ……! と。
暮れかけた日が照らし出す廃村の中に、甲高い金属音が響き渡る。
恐らく、元は道路の交叉した広場のような場所だったのだろう。だが、かつては漁師たちが行き交っていたのやもしれない広場には、白翼騎士団の野営陣が敷かれていた。
「ハァ……。本当にお前達は、私を何だと思っているんだ」
刻一刻と出来上がっていく野営陣の片隅では、既に作業を終えたテミスが不機嫌を露にしながら焚き火の前に腰を下ろしており、その手に握られた抜き身の刀が揺れる光を反射して怪し気な輝きを放っている。
「全くだ! というか! 龍星炎弾は対軍団用の砲撃術式だ! こんな所でぶっ放したら、アタシらだってタダじゃ済まねぇっての!!」
「悪かったわよ。ただ思い付きで言っただけ! 悪意は無いわ」
「私は良い案だとは思うのだが……威力を落とせば問題無いのではないか?」
「だから余計に問題なんだ。あとユナリアス。仮にまとめて吹き飛ばした所で、ただゴミが撒き散らされるだけだ。そもそもこの場所は打ち棄てられているとはいえ元は漁師たちの為の場所。既に倒壊している建物ならば兎も角、辛うじてまだ残っている建物を破壊するのは気が流石に引けるぞ」
「ふふっ……その考え。私は好きよ。ならこうしましょう。まだ使えそうな建物は壊さずに残して、補強をして使うの。どちらにしても、まずは危なくないか中を確認する必要があるけれど」
パチパチと炎が弾ける音と共に、テミスとコルカが不満気な声を重ねる。
その矛先が向けられていたのは、眉を顰めて苦笑いを浮かべたフリーディアで。
傍らには明るい笑みを浮かべたユナリアスが、何処かテミス達の反応を面白がっているかのように首を傾げていた。
「……正直、足元を固めると考えれば悪くは無い案だ。このまま明日、あの崩壊寸前の砦に向かったとて、この人数が駐留できる状態にできるとは考え難い」
テミス達が合流した後。
この村の存在を知ったユナリアスが出したのは、まずはこの村を簡易的な拠点へと作り替え、ここを足掛かりに丘の上に鎮座するパラディウム砦を再建するというものだった。
順当に考えれば、この村ならば戦いの跡もなく、建物に使われている素材も堅牢な砦とは異なるため、作業としては現実的だろう。
それに、打ち棄てられた死体と、その腐肉に集る鼠の運ぶ病の存在を知るテミスとしては、軍港や砦に拠点を置くのは避けるべきだと考えていた。
「あ~……コルカ。フリーディア達にこう言った手前で悪いが、広範囲を高温で焼き尽くす魔法は用意しておいてくれ。広範囲と言っても、この村全てを焼き尽くす程は必要無いし、龍星炎弾程の威力も無くて構わん」
「なっ……!? テミス様ッ……!!?」
「火急的、速やかに。だ。既存の魔法に存在しないのならば、新たに術式を組め。必ず必要になる」
「っ……!! ハッ……! あとで、詳しい用途を聞かせてくれ。どうせ作るんなら、合わせて術式を調整するからよ」
「クス……。あぁ……」
刀の手入れを終えたテミスは、涼やかな音を奏でながら刀を鞘へと納めると、僅かに言葉を濁しながらコルカへと水を向ける。
その命令に、最初は驚きと困惑を見せたコルカだったが、真剣な表情で命令を重ねたテミスが冗談を言っている訳ではない事を悟ると、腰を落ち着けたままではあったが姿勢を正してコクリと頷きを返す。
「えっと……。それは勿論、何をする気なのかは私たちにも説明してくれるのよね?」
「必要無い……と言いたい所だが、今回ばかりはそうもいかんか。フリーディア。お前は先ほど、軍港の死体に群がる鼠を見たと言ったな?」
「えぇ。正直、あまり思い出したくは無いのだけれど……」
「……うぷっ」
察するに、傍から聞いていただけのフリーディア達にとっては、どうしようもなく物騒極まりない話だったのだろう。
酷く不安げに眉を寄せて尋ねたフリーディアの問いを、テミスは鼻を鳴らして一蹴しかけた後、深いため息を吐いて口を開いた。
すると、昼間に目の当たりにした惨状を思い出してしまったのか、フリーディアの隣に座るユナリアスが、パチリと口に手を当ててうめき声をあげる。
「鼠は病を運ぶ悪魔だ。伝染病だけでなく、下手をすれば水場も浄化しなければ使い物にならん。私の知る限りでは、鼠のまき散らす病の所為で、丸ごと一つ町が滅びた事もあるらしい」
「ッ……!!」
「町が……だと……!?」
「あぁ。人から人へと伝染する死の病。たとえ杞憂に終わろうとも、全滅したくなければ対策を用意しておく必要がある」
「わかったわ。なら、魔法使いの皆はそちらの作業に専念してもらいましょう。もう一度仕事の割り振りを考え直すわ。ユナリアス。悪いけれど手伝って貰えるかしら?」
「了解した。ならば、準備ができるまでは先行偵察を中止すべきかもしれないね」
テミスが一段と低い声色で、この島に忍び寄る危機を告げると、ユナリアスとフリーディアは息を呑んで顔色を変えた。
告げられたテミスの言葉が洒落や冗談、脅しの類などではなく、真に迫る危機だと飲み込んだのだろう。
深刻な表情のまま、フリーディアはテミスを見据えて静かに告げると、早速とばかりにユナリアスと額を突き合わせ、静かにそれを眺めるテミスの前で、滾々と計画を詰め始めたのだった。




