180話 戦の紡いだ絆
「……世話になったな」
数日後。
ファントの町でテミスは、フリーディア達を見送っていた。
「いいのよ。お互い様。……それに、魔族にもいろいろな人たちがいるって事がわかったしね」
「……そうか」
テミスは微かにため息を吐くと、名残惜し気な微笑みを浮かべてフリーディアを見つめる。
なんだかんだと共闘してきた仲ではあるが、ここで別れれば再び敵同士。戦場で会えば鎬を削ることになるだろう。
「……」
「……」
二人の間に溜まった気まずい沈黙を押し流すかのように一陣の風が流れ、テミスの銀髪とフリーディアの金髪が宙を舞った。それは、まるで別れを惜しむかのようにキラキラと陽光を跳ね返していた。
「気軽に尋ねて来い……等と言えた間柄では無いが……」
寂し気な笑みを湛えたまま、テミスがポツリと言葉を漏らす。テミスの中では最早、フリーディアは討つべき敵ではなくなっていた。未熟な理想こそ共有する事はできないが、その理想が悪ではない以上、私が剣を振るう道理はない。そこにあるのはただ立場の違いのみ……悪辣な連中を見限らないフリーディアの甘さが、この立ち位置の違いを生み出しているだけだ。
「フフッ……テミス、あなた勘違いしている訳じゃないでしょうね?」
「何っ……?」
そんなテミスの心情を知ってか知らずか、柔らかな笑みを浮かべたフリーディアが得意気な声で口を開く。
「私はずっと、手を差し伸べているわよ? あなたはこうして平和な町を築いている……。私があなたを攻撃する理由は無いのだけれど?」
「……正気か? 私はお前達人間軍の兵士をもう数えきれないほど屠っているのだぞ?」
「過去ではなく、未来に目を向ける……貴女は言ったわよね?」
「だがっ……!」
「貴女がどうしても戦いたいと言うのなら……凄く残念だけど仕方ない……としか言えないのだけれど……」
「っ……」
食い下がるテミスに、フリーディアは眉をハの字に曲げて悲し気に目を伏せた。隣に立つカルヴァスも苦笑いを浮かべるばかりで何も言わないし……。いったいコイツらは何を考えているんだ……?
「確かに私はあなた達魔王軍の敵……けれど、私個人としては……ただのフリーディアとしては……テミス、私は貴女の事を友人だと思っているのだけれど?」
「っあ……」
フリーディアの言葉に、驚きに目を見開いたテミスが声を漏らす。今、フリーディアは何と言った? 私の耳や頭がおかしくなったのでなければ、確かに友人だと言ったように聞こえるが……。
「立場が違えば、いずれかの戦場で剣を交える事もあるでしょう。けれどその瞬間までは……争う理由の無い私達が、いがみ合う必要は無いのではないかしら?」
そう微笑みかけたフリーディアの隣では、互いに視線を交えるカルヴァスとサキュドが、マグヌスとミュルクが大きく頷いていた。
「お前達……」
その光景を見てテミスは、気が抜けたように口元にだけ笑みを浮かべると、ゆっくりとフリーディアに視線を向けなおす。
もしかしなくとも、私は今とんでもない光景を目にしているのではないか?
人間軍の筆頭戦力である白翼騎士団の団員達と、私の部下であるとはいえ、生粋の魔族であり、かつ魔王軍に籍を置くマグヌス達が笑顔を交わしている……。まさにこの光景こそが、ギルティアの追い求めている理想……人魔融和の理想の姿ではないのか?
「……って言うかテミス? そろそろ返事が欲しいんですけれど? なんか、私だけが告白したみたいな空気になっててすっごく恥ずかしいんですが」
「はっ……?」
テミスがフリーディアの声に我に返ると、なま温かい人魔の視線に晒されたフリーディアが、その頬を紅潮させて不満気に頬を膨らませていた。
「あっ……いやそのっ……」
咄嗟に声を上げるが、上手く言葉が出てこない。
いつか、こんな日が来て欲しいとは願っていた。主義主張こそ異なれど、共に平和を望んでいるのだ。こうして言葉を交わす事ができる以上、その差異は戦いではなく、話し合いで埋める事だってできるはずだ。
「スゥゥゥゥ……はぁぁぁぁ~~っ……」
テミスは大きく深呼吸をすると、周囲の視線を受け止めながら柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「ああ。魔王軍軍団長としてはお前は敵だが……ただのテミスとして言うのならば……お前は誇るべき友人だよ。フリーディア」
「フフッ……良かった」
はにかみながらテミスがそう答えると、フリーディアは満面の笑みを浮かべて片手を差し出して見せる。まるで、それに誘われるかのようにテミスがその手を取ると、その左右でも部下たちが同時に握手を交わした。
「フッ……そう言えばこの町は、冒険者や旅人は人魔を問わず大歓迎だったな」
「あら。ならアトリアさんに頼んで私も冒険者登録して貰おうかしら」
「……止めておけ。仮にも人間軍の王都なんだ。下手に動き回ってまた囚われても知らんぞ?」
「そしたらまたテミスが助けてくれたらいいじゃない」
「その時は、私もお供させていただきますわ。マグヌスは無理でも、私ならばいくらか誤魔化しはきくでしょうし」
「馬鹿を言うな……」
フリーディアの冗談にサキュドが乗って口を挟むと、明るい笑い声が快晴の青空へと響き渡る。ただ笑い合っているだけなのに、こんなに心が満たされているのは何故だろうか。
「フッ……また尋ねて来い。旅人としてのお前ならば、いくらでも歓迎してやる」
「ええ。流石に堂々と尋ねる事はできないけれど……必ず遊びに来るわ」
テミスとフリーディアは改めて握手を交わし、今度は数秒と経たずにその手を離す。そして、フリーディアは軽やかに身を翻すと、馬の背によじ登る。
「またね。テミス」
「ああ。またな。フリーディア」
戦士たちはそれぞれに別れと再会の言葉を交わすと、白翼騎士団の面々は馬に喝を入れて駆けていく。テミス達はその背が見えなくなるまで、戦友たちを見送っていたのだった。
その光景を眺めるように、陽の光に隠されたその頭上で一筋の流れ星が瞬いたのだった。
本日の更新で第五章完結となります。
この後、数話の幕間を挟んだ後に第六章がスタートします。
さて、こうしてコメントするのも五回目となりましたが……。
まずは一言。第五章……長かったですねぇ……。年明け前には終わるかな? とか思っていましたが、まさか年を越すどころか2月の背中が見えた頃に終わるとは……。セイギの味方の狂騒曲の中で、過去最長の章になりました。
ですが、その分激動があり、テミス達の関係性も少しづつ変わってきたのではないでしょうか?
テミスが正義を定義し直し、更にはその身に宿す力も強くなりました。また、様々な思いや確執が交じり合い、一つの結末へと至ったこの章も、皆さんに楽しんでいただけていたら嬉しいです。
続きまして、ブックマークして下さっております133名の方、評価いただきました12名の方、そしてセイギの味方の狂騒曲を読んでくださった皆様、いつも応援ありがとうございます。ついに、ブックマークいただいた数も100を越え、読んでいただける皆様の期待に応えるべく、これからもテミス達の冒険を描いて行こうと思います。改めましてこの場で感謝を述べさせていただきます。ありがとうございます。
これからも、ご愛読、ご声援の程をよろしくお願いいたします。
さて、護る力に目覚めたテミスと、魔族たちの事を知ったフリーディア。彼女達を囲む仲間達もまた、様々な絆を育みました。ただの仇敵同士ではなく、共に笑い合った友であり、剣を交える宿敵でもある。そんな彼女達を世界はどう見て、彼女たちはそれにどう対応していくのでしょうか? セイギの味方の狂騒曲第6章。是非ご期待ください!
2020/1/26 棗雪