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179話 勝利の美酒

「処置が完了いたしました。ですが、決してご無理なさらぬよう」

「世話をかけたな」


 正面に腰掛けた白衣の魔族が頷くと、テミスはコクリと頷いて立ち上がる。グラグラと視界が揺れるが、戦後処理を済ませないといけないので悠長に寝ている暇はない。

 テミスはそのまま覚束ない足取りで部屋の外へと歩み出ると、壁に手を付きながら玉座の置かれた部屋を目指して歩み始める。

 戦いを終えた後、満身創痍のテミス達は王城へと担ぎ込まれ、すぐさま手厚い治療が施された。しかし、血を失い過ぎたせいか……はたまた、能力の後遺症かはわからないが、いまだにテミスの体調は最悪だった。


「っ……」


 テミスの体がぐらりと傾ぎ、力無く踏み出された足が、倒れかけた体を辛うじて支える。


「テミスッ! 大丈夫っ?」

「あぁ……なんだ……来ていたのか……」


 医務室へと向かっていたのか、正面から駆けて来たフリーディアが即座にテミスの体を支え、その顔を覗き込んで問いかける。

 確か、一人で城内を徘徊させるのは許可されていなかったはずだが……。


「随分と調子が悪そうだな?」

「ああ……お陰様でね……。貴方も大変だな?」

「なに……客人が居ても立ってもいられないと言うのでな……。あのような戦いの後だ。身を案ずる気持ちが解らない訳では無い」

「ハッ……貴方らしい答えだ」


 フリーディアが駆けて来た方向から、ゆっくりと歩んできたリョースが重ねて問いかけると、テミスは弱々しいながらも不敵な笑みを浮かべて応えてみせる。


「それよりも……大丈夫なのか?」

「……」


 リョースの問いかけに、テミスは微かに息を漏らして沈黙する。

 この問いは恐らく、私の体を心配しての問いでは無いだろう。リョースは確かに義に厚い男だが、ここまで私を心配するようなタマではない。

 ……ならば、この問いの意味する所は一つだ。


「……ああ。問題ない。ギルティアの前で粗相などしては、十三軍団の沽券に関わるのでな」

「…………そうか……ならば良い」


 フリーディアに肩を借りながらテミスがそう口にすると、微かな溜息と共にリョースが頷いて身を翻す。そして、肩越しにテミスを振り返ると言葉を続けた。


「お前が付いているのならば、わざわざ私が客人のお守りをする必要もあるまい。私は、ギルティア様と共にお前達が訪れるのを待つとしよう」

「っ…………感謝する」


 きっと、奴なりに気を遣ったのだろう……。そう言い残して去っていったリョースの背に、テミスは小さく呟いたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「来たか……随分と遅かったな?」


 フリーディアの肩を借りたテミスが、玉座の間へとたどり着くと同時に好奇を孕んだギルティアの声がかけられた。視線を向けるとそこには、玉座に腰を掛けたギルティアと、その傍らに控えるリョース。そして、部屋の隅で俯くドロシーがテミス達を待っていた。


「なに……待望の事後処理の為だ。多少の無理くらいはするさ」


 テミスはそう答えてフリーディアから身を離すと、不敵な笑みを湛えてギルティアを見据えた。リョースやドロシーの手前……と言う理由もあるが、これから交渉事に臨むというのだ……虚勢を張る程度の余裕は見せておかねば、足元を見られかねん。


「フム……ならば早速、本題に入るとしようか」

「ああ」


 息を吐き、目を細めたギルティアがそう告げると、テミスはコクリと頷いて先を促す。この先のギルティアの裁定次第では、魔王軍を割って出る判断もやぶさかではない。


「まず……お前の要求についてだ」


 ギルティアは静かに目を瞑ると、ゆっくりとした口調で口を開いた。

 私の要求……つまりは、他軍団からの人員の引き抜きの件だろう。そもそも、現在の十三軍団は急造の部隊。前軍団長が討ち取られ、壊滅した部隊を引き継いだだけの欠陥部隊だ。無論、人数の不利を覆す程度には練度を上げてあるが、それでも頭数の少なさは作戦の選択肢を狭めている。それは同時に、遠方へ出向く際にファントを守る戦力が警備隊のみになる弊害も意味していた。


「……全面的に許可しよう。だが、各部隊の軍団長を含め、副官や主要戦力の移籍は認めん」

「なっ……! 話が違っ――」

「――まぁ待て。最後まで聞くがいい」


 反論の声を上げたテミスの言葉を遮り、ゆっくりと目を開いたギルティアはその紅い瞳でテミスの目を注視する。そして、薄い笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「次に、お前の追加要求だ。これに言及するにあたり、まずはよくぞあの場でドロシーを殺めなかったと称賛しておこう」

「…………あそこで殺した所で、コイツが後悔と絶望で嘆かねば意味が無い」

「ククッ……まぁ、そう言う事にしておこう。だが、その選択のお陰で私に一考の余地が生まれたのだ」

「…………」


 テミスはゴクリと唾を呑み込むと、黙ったままギルティアが言葉を続けるのを待った。勿論、私が出した追加要求とは、ドロシー率いる第二軍団の魔王城への謹慎だ。


「お前も知っての通り、現状でも我が軍と人間軍との戦力は拮抗している」

「っ――!」


 ギルティアはチラリとフリーディアに目線を走らせると、意味ありげにテミスに視線を戻して語り始めた。言葉を濁したのは、敵であるフリーディアに現在魔王軍が複数の戦線を抱えている事を伏せる為だろう。


「だが、お前がドロシーに情けをかけた事で、我々は一つ大きな借りを作った事になる」

「…………」

「……それで?」


 テミスはギルティアの持って回った言い方に、多少の苛立ちを覚えて先を促した。同時に、部屋の隅の方からドロシーの悔し気な息遣いがテミスの耳に届いた。


「お前が二つの条件を呑むのならば、追加の要求も通してやろう」


 来たか……。と。ギルティアの言葉を聞いたテミスは、密かに唇を噛みしめた。この折衝の行方次第で、今後の身の振り方が大きく変わるだろう。


「一つ。第二軍団の半数を十三軍団の補充に当てる」

「なっ――!」


 ギルティアが条件を口にした瞬間、部屋の片隅から驚愕の声が響く。しかし、ギルティアはそれを黙殺すると、口元を微かに歪めて言葉を続ける。


「二つ。十三軍団の任地の拡大だ。第二軍団が管轄していた南方方面……プルガルドまでの防衛を担え」

「…………プルガルドだと?」


 ギルティアの出した条件に、テミスは思わず頬が綻びそうになるのを堪えながら、さも逡巡しているかのように小さな声で問いかける。

 しかしテミスの内心は、まるで満開の桜の花びらが舞い散る草原の様に、明るい狂喜に溢れていた。

 ――切り抜けたっ!

 何という幸運! 何という好条件ッ! ケンシンの任地であるテプローに面するプルガルドを担うのならば、そこに割く防衛戦力は僅かでいい。むしろ、密約を交わしているケンシンが相手ならば、事前に伝えておく事で魔王軍に対するカモフラージュの為の偽装戦闘ですら損害を出さなくて済むではないかっ!

 テミスが頭の中の草原でひたすらに狂喜乱舞を楽しんでいると、不意にギルティアが愉し気に口を開いた。


「そうだな……確かに、防衛戦線が伸びればその分防御も難しくなる……。ならば、旅客馬車もくれてやろう。なに……興行戦闘に勝利した商品代わりだ」

「っ~~~!!!」


 更に上乗せだと!? すぐに呑んでは怪しまれるかとタメてみたが、悩む振りをしてみるものだ。


「……ああ。馬車は焼け石に水程度だが、二つの都市を行き来するのには必要か……。確かに、要求を上乗せしたのはこちらだ……その条件ならば呑むとしよう」

「フッ……ならば、これで手打ちといこうか。リョース。お前達にはプルガルド以南の地域の防衛を追加で命ずる」

「承知いたしました」


 そうリョースへ命じると、ギルティアはニヤリと笑みを深めてテミスへと微笑みかける。


「どうした? 何か良い事でもあったか? 口の端が緩んでいるように見えるが?」

「――! 何を言っている? 見間違いじゃないのか?」

「フッ……まぁいい。馬車はすぐに用意させる。人員については後程書面を送れ」

「……了解した」


 内心の動揺を押し殺してテミスが答えると、ギルティアはさらに頬を歪めて命令を出す。

 それを受領したテミスは、微かな苛立ちを覚えながら玉座を後にしたのだった。

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