1886話 すれ違う報い
「……おい。一体全体こいつはどういう了見だ?」
数分後。
フリーディア達の執務室へと招き入れられたテミスは、勧められた椅子に腰かけたままじっとりとした目で、得意気な笑みを浮かべて仁王立つフリーディアを睨み付ける。
その首には、鎖の繋がった革製の首輪がはめられており、ご丁寧に伸びる鎖の先はフリーディアの手の内へと収まっている。
「問題が起きた時、その当事者にはしっかりと事情を聞かないといけないわよね?」
「無論だ」
「だからテミス。貴女には一切合切を私たちに報告する義務がある」
「元よりそのつもりだが?」
「ならよろしい。|鎖〈コレ〉はもしもの時の為の備えよ。貴女、こういう話の時はすぐに逃げ出すから……。そちらの彼等と違って、首輪は重くも冷たくもない革製にしてあげたのだから感謝しなさいよね」
「…………。ハァ……了解した。次からは何かが起きたとしても、絶対にお前には報告せず、闇に屠る事にしよう」
抗議の意をふんだんに込めたテミスの問いに、フリーディアはまるで幼子を諭すかの如き口調で言葉を重ねると、腕組みと共に胸を張る。
しかし何故かフリーディア自身は納得しているようだが、だからといってテミスはこのような仕打ちを承服できるはずも無く、静かな怒りを顔に浮かべながら皮肉を叩きつけた。
「なっ……!! 何でそうなるのよ!?」
「当り前だろう!! こちらは被害者! 襲われた側だぞ! しかも情報を得る為に、わざわざこうして手間をかけて生け捕りにしてきてやったというのに……!! こんな真似をされるくらいならば、斬って湖にでも捨てたほうが余程良かったわ!!」
「あ~……君の気持ちはとてもよく理解できるけれど、領主の娘としてはそれはとても困るね……。この忙しいときに、存在しない人斬りを探すために人を割かなくてはならなくなる」
「気持ちがわかるのならば、お前からもさっさとこの馬鹿げた真似を止めるように言ってやってくれ。それに、心配せずとも露見するようなヘマなどせんさ。ちゃんと血痕は洗い流すし、死体は千々に刻んでから棄てれば魚の餌だ」
「テーミースーっ? 一応言っておくけれど、本当にやったら承知しないわよ?」
「っ……! 鎖を引っ張るな。鬱陶しい」
じゃらり。と。
迫力のある笑顔を浮かべたフリーディアが手を引くと、テミスの首へと繋がる鎖が音を鳴らす。
とはいえ、両手を拘束されている訳でもないのだから、テミスとしてはこんなものはさっさと外してしまえば良いのだが……。
隙をついたユナリアスにこの首輪を付けられた際、どうやらこの首輪の元々の用途は、連日町へ遊び歩きに出ているテミスを捕らえ、フリーディア達の事務仕事を手伝わせる為に用意した物らしい。
だから、この場は付き合ってやった方が今後の為だと添えられたユナリアスの忠告に従って、テミスは首輪を破壊する事無く大人しくしているのだ。
「日頃の行いよ。我慢しなさい。それで? あの包みは何よ? もしかして、彼等が持っていたものかしら?」
深々と溜息を吐くテミスの憂鬱を、フリーディアは躊躇いも無く両断すると、視線をテミスが持参した包みに向けて話題を変える。
「先ほど私が預かった時には、何やら僅かに温かかった気がしたが……」
「温かい? 炎属性の魔石か何かしら? どちらにしてもまずは中身を改めてみない事には解らないわ」
「ハハッ……!」
そんなフリーディアに応じて、ユナリアスも話題を変え、本題である所の事情聴取へと移りかけたのだが。
光栄にも第一の議題に選ばれた包みは、まごう事無くテミスが手ずから用意した手土産で。
はじめから明後日の方向へと舵を切った話に堪え切れず、テミスは思わず笑いを零した。
「何を笑ってるのよ。真面目な話――っ!? 何を……っ!?」
クスクスと響いたテミスの笑い声に、包みへ向けて一歩踏み出したフリーディアは足を止めて再び怒りの混じった声を上げる。
だがその直後。
自身の傍らに転がしていた釣竿を取り上げたテミスが、釣竿の先で包みを吊り上げると、笑いを止める事無くフリーディアの鼻先へと突き付けて口を開く。
「くくくっ……! 笑いもするだろうさ。それは私からお前達への土産だよ。少しばかり冷めてしまったようだがな。コイツ等にはなんの関係もない」
「おぉ……! という事は、遂に釣れたんだね! おめでとう!」
釣竿の先を突き付けられたフリーディアは、半ば反射的に半歩退いて身構えるも、テミスの言葉を聞いて表情を変え、柔らかな手つきで包みを取り上げた。
一方で、ユナリアスは穏やかな笑みを浮かべ、はちぱちと拍手をしながらのんびりとテミスの釣果を称えている。
「あぁ。大漁だったよユナリアス。だが、残念な事に返礼がこれだからな。要らぬ気遣いだったらしい」
「っ……!!!」
しかし、まるで飼い犬のような格好をさせられているテミスが、僅かばかりとはいえ気遣いを無碍にされた報復の機会を逃すはずもなく。
自らの首へと繋がる鎖に指を引っ掻けて、ちゃらりと音を鳴らしながら大仰に告げると、意地の悪い微笑みを浮かべて僅かに肩を縮めたフリーディアへと視線を向けたのだった。




