表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1955/2318

1885話 手土産と共に

 夜も深まり、静まり返ったフォローダの屋敷に、硬質な軍靴の音が木霊する。

 テミスの目指す先はフリーディアが臨時で与えられた執務室。

 この執務室は、邸宅にまで仕事を持ち帰る彼女を見かねたノラシアスの計らいによって設けられたもので、フリーディアとユナリアスは夜な夜なそこで、体力の続く限り捌き切れなかった仕事をこなしているのだ。


「あいつの事だ。どうせこの時間ならまだ、机に齧りついている頃だろう」


 片手には釣竿を担ぎ、竿の先に引っ掛けた手土産の包みを揺らしながらテミスはそう嘯くと、逆の手で昏倒させた二人の襲撃者を引き摺って歩き続ける。

 幸運な事に、今夜この屋敷の夜警に立っていた者とは顔見知りの仲で。皆まで事情を語らずとも、フリーディアに火急の用があると告げただけで通る事が許された。

 もしも警備の者が話の通じない奴だったら、両手が塞がったまま屋敷に忍び込むなどという余計な手間をかけねばならなかった所だ。


「フリーディア」

「…………」


 そう思い返している間に、テミスは目的地であるフリーディアたちの執務室の前に着くと、片開きのドアの前に立って部屋の主の名を呼んだ。

 だが、固く閉ざされた扉の向こう側から返答が返ってくる事は無く、しぃんと静まり返った屋敷の廊下に沈黙が重なる。


「おい。フリーディア! 私だ! 居ないのか?」

「…………」

「…………。フム」


 数秒の間を置いた後。

 テミスは再び閉ざされた扉へ向けて呼びかけるが、相も変わらず答えが返ってくる事は無く、呼びかけた声が長い廊下の向こうへと掻き消えると、さざ波の如く静寂が押し寄せた。

 しかし、扉の前に立ったテミスが落胆する事は無く。

 クスリと意地の悪い笑みを口元に浮かべると、おもむろに扉の前で片脚を持ち上げて身軽にその身を翻した。

 事態が事態だ。多少の無茶もやむを得ない事だろう。

 なにせ、敵国の暗殺者なり襲撃者なりと思しき者の身柄を拘束したのだ。事態の重要度は計り知れない。

 そして彼等を捕らえ、尋問するべき管轄は騎士団にあり、白翼騎士団なり蒼鱗騎士団なりのどちらが身柄を受け持つにしても、両騎士団の団長はこの部屋に居るのだ。

 とはいえ、今のテミスは片手は荷物で塞がっており、一度床に置こうにも床に敷かれているのは見るからに高級そうな絨毯だ。海の潮で汚れた道具を触れさせる訳にはいかないだろう。

 もう片方の手には意識を失った襲撃者達。

 確かに意識を奪っているとはいえ、町の中枢たるこの場所でその身を手放すなど危険な真似はするべきではない。

 だが、可及的速やかに伝えなければならない事案であるからこそ、出直すなど言語道断。

 故に。これは必要不可欠な行為であり、仕方のない事である。


「スゥッ……!! セェッ……!!!!」


 胸の内で瞬時に理論武装を整えたテミスは大きく息を吸い込むと、扉を壁に留めている留め金に狙いを定め、気合と共に鋭く蹴りを放った。

 これは決して、仕事に忙殺されて部屋の中で眠りこけているであろうフリーディアを驚かせる為などでは無く。純粋に。真剣に。心から事態を重く見たが故に緊急措置なのだ。


「――ッ!! 待ちなさいッ!!」

「っ……!?」


 しかし。

 テミスの放った雷光の如き蹴りが扉へと届く寸前。

 傍らから凛とした叫び声が響き渡ると、放たれていたテミスの蹴りがすんでの所でビタリと止まる。

 半ば反射的に、声の響いた方向へとテミスが視線を向けると、そこには両手で山のような書類を抱えたフリーディアとユナリアスが立っていて。

 制止の声をあげたフリーディアは怒りの表情で、傍らのユナリアスは驚きの表情を浮かべて、大きく片脚をあげた格好で動きを止めたテミスを見つめていた。


「日がな遊び歩いているはずの貴女が、こんな時間に何の用かしら? それに、連れている彼等は何? まさかとは思うけれど、喧嘩なんてしてきた訳じゃないでしょうね!」

「おいおい止してくれよ。まぁ、似たようなものではあるが……」

「ほら見なさい!!! だから貴女を自由にさせておきたくなかったのよ!」

「あ~……フリーディア? 私は、幾らなんでも彼女がそこまで分別がつかないとは思えないよ。担いでいる道具は兎も角として、火急の用である事に違いは無いはず……」

「ユナリアス。それは買い被り過ぎよ。ったく……大丈夫ですか? すぐに手当てをしますからね」


 苛立ちを隠そうともせず、フリーディアは大股でゆっくりと脚を下ろすテミスへ向けて歩み寄ると、書類を持ったまま二人の襲撃者の側にしゃがみ込んで、優しく声を掛ける。

 その後ろから、数歩遅れて追ってきたユナリアスの顔には、何とも言えない苦笑いが浮かんでいた。


「クク……手当てをするのは構わんが、武装解除と拘束が先だぞフリーディア。コイツ等はヴェネルティが寄越した刺客だからな。帰り道で襲い掛かってきたから、あしらったついでに、お前達への土産に加えた訳だ」

「なっ……!!? そ、それを早く言いなさいよ!!!」


 そんな二人を眺めながら、テミスは満足気に喉を鳴らしてクスクスと笑うと、痛まし気に襲撃者を見つめるフリーディアに向けて事情を語る。

 すると、フリーディアは目を見開いてその場でテミスを見上げ、勢い良く立ち上がりながら怒鳴り声をあげたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ