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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第29章

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1880話 穏やかなる姿

 翌日。

 ロロニアとの約束通り、テミスは昼を過ぎた頃合いにフォローダ家の屋敷を抜け出すと、釣竿を担いで波止場へと足を向けた。

 ただ一つ異なるのは手に携えた一つの包み。

 何の事は無いただの思い付きではあったが、仮にも湖賊の棟梁に釣りの矜持を賜るのだ。対価の一つもなくては格好が付かないだろう。機能の帰路にふとそう思い当たったテミスはその足で酒場へと立ち寄り、手頃な酒を手土産に見繕ったのだ。


「やれやれ。ったく、フリーディアの奴め……」


 だがこの酒瓶はある意味で、テミスの苦労の結晶でもあった。

 ガリ……と頭を掻きながらテミスは昨晩の事を思い返すと、忌々し気な舌打ちと共に呟きを漏らす。

 その苦労とは、まさしく連日の執務で気が立っているフリーディアその人の事で。

 購入した酒瓶を片手に屋敷へと帰り着いたテミスは、酷く運の悪い事にフリーディアと鉢合わせてしまったのだ。

 しかし、片手には釣りの道具を担ぎ、片手に酒瓶を携えたその姿は、何の事情も知らない上に激務に晒されているフリーディアからしてみれば酷く勘に障るものであったのは間違い無い。

 加えて昨日は特に、フォローダに残留していた部隊の中でもいっとうタチの悪い連中とやり合った後だったらしく、フリーディアはテミスの姿を見咎めた瞬間に盛大に爆発し、全ての怒りをテミスへと叩き付けた。

 その結果。テミスの誘導により暴飲暴食へと誘われた今朝のフリーディアは、酷く青白い顔で途方もない後悔を背負って出かけて行ったらしいが……。


「クク……幾ばくかは良い気晴らしになっただろう」


 波止場に辿り着いたテミスは欠片たりとも悪びれる様子もなく嘯くと、既に腰を下ろして釣りに興じているロロニアの隣へと歩み寄った。

 そんな彼の傍らに置かれている木製の桶の中には、既に釣り上げられた数匹の魚がゆらゆらと漂っている。


「よう。何か面白い事でもあったのか?」

「そんな所だ。普段真面目腐っている奴ほど、溜め込んでいたモノの箍が外れると止まらんからな。色々と面白い話も聞けた」

「……やれやれ。あの団長さんも大変だぁね。それにしちゃ……アンタはピンピンしているな」

「酒に呑まれる程ヤワではないんでね。私は。ホレ」

「っ……と……! おぉ……分け前たぁ気が利くねぇ!!」

「授業料代わりだ。ちなみに、屋敷では今夜私の分の夕飯は用意されない手はずになっている」

「へへ……そいつぁ責任重大だな。だが心配は無用だぜ。この俺が教えてやるんだ。今夜は美味い酒が飲めることを保証してやる!」


 隣に腰を下ろしたテミスと言葉を交わしながら、ロロニアは更に数匹の魚をまとめて釣り上げると、手際よく針から外して傍らの桶の中へと投げ入れていく。

 その堂に入った姿は、ロロニアが決して略奪だけを食い扶持としている無法者などでは無く、確かな技術と知識を持った湖族なのだと物語っていた。


「ホレ。竿、貸してみな。仕掛け、替えてやるから」

「……! あ、あぁ。頼んだ」

「良いか? この辺りの魚は警戒心が薄い。なにせ、ここいらの連中は皆沖に出る連中ばっかりだからな。(おか)から糸を垂らそうだなんて酔狂な奴ぁそう居ねぇのよ」

「魚を捕って飯を食っているんだ。それもそうだろうな」

「そういうこった。だいいち、ここいらまで寄ってくる魚も食う事は出来るが、売り物にできるほどデカくはねぇ。だから、こんなデカイ針じゃどう足掻いてもかからねえのさ」


 早速とばかりに解説を挟みながら、ロロニアはテミスの竿の用意を済ませると、糸と共に取り外した大きな針をテミスの傍らへと置いた。

 確かに、ロロニアの吊り上げた魚と見比べてみれば針の大きさが適していないのは一目瞭然で。

 再びおかしさの込み上げて来たテミスはクスリと笑みを零した。


「よし……と。これで良いぜ。投げ入れてみな。……と! そんな剣みてぇに振り回さなくていんだ。そぉっと落してやれ」

「っ……! フム……こうか?」

「あ~……イチイチ動きが鋭いのが気にはなるがまぁまぁか。それで少し待っていれば釣れるはずだぜ。魚はもう集まってるからよ」


 竿を差し出して告げるロロニアの言葉に従い、テミスは振り上げた釣竿を一度下ろしてから、切り上げる要領で糸を放つ。

 すると、空を切った釣り竿は剣とは異なった小気味の良い音を奏で、餌と共に投げ込まれた針が水中へと消えた。


「フッ……せいぜい期待しておくと――おぉぉぉっ!?」

「かかったな! あっ……!! 間違っても剣みてぇに振り上げるなよ!! 全力で加減して引き上げろ! 魚の口が裂けて逃げられちまうぞ!!」


 投げ入れてから数秒と経たず、穏やかな微笑みと共にテミスが口を開きかけた途端、テミスの持つ竿がビクビクと揺れ動き、確かな重たさを以て水の中へと引き込まれていく。

 それに抗いながら、テミスが腕の力を籠め、全力を以て振り上げんと構えた刹那。

 事前に起こり得る悲劇を察知したロロニアの叫びが、静かな空気の中に木霊したのだった。

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