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178話 魂の殺しかた

「…………?」


 しかし。いつまで経ってもテミスの刃が振り下ろされる事は無かった。

 未だに自らの命がある事を不審に思ったドロシーが目を開けると、黒の大剣の切先は、ちょうどその眼前でピタリと止まっていた。


「何の……つもりよ……?」

「気に入らん……」

「……はっ?」


 ドロシーの目と鼻の先で大剣を止めながら、テミスは苛立ちと共に吐き捨てるように呟いた。


「達成感に浸ったような満面の笑みで笑いやがって……そんな綺麗な終わりなど、私は断じて認めん」


 ザクリッ! と。大剣がドロシーの耳元を掠め、地面に突き立つ。テミスはそれに体を預けるように縋り付くと、ドロシーを覆いかぶさるように見下して言葉を続ける。


「お前の死は絶望に塗れたものでなくてはならん。故に私は、お前に最大級の屈辱を与えるとしよう」

「なっ……に……?」


 蝋燭が溶けたように歪んだ笑みを浮かべたテミスに、ドロシーの背筋を悪寒が走り抜ける。

 この戦いの私の敗北は明らかだ。敗れた私には何も残らない。ギルティア様に庇っていただいた挙句、自らの手で反逆者を叩き潰す機会をいただいて尚、ご期待に応える事のできなかった愚か者。それが今の私だ。

 地位も名誉も……生きる意味すら失った私から、この女はいったい何を奪おうと言うのだろうか?


「お前には城に籠り、ただひたすらに魔導研究に勤しんで貰う。魔術師のお前らしい、最後方での仕事だ」

「……はっ? それが……屈辱?」


 頭がおかしくなったのかコイツは……? 目を丸くしたドロシーは、疲れ切った頭でテミスを嘲笑した。血を流し過ぎたのか、はたまたボロボロになって思考すらまともにできなくなったのか。あろう事か、この頭のおかしい女は私を生かすとのたまっているのだ。


「……気付いて居ないみたいだな」


 ドサリ……。と。大剣に背を預け、力尽きるように腰を下ろすとテミスはドロシーを見下ろして嗤いかけた。


「気付いて……いない?」

「ああ。最後方である首都に詰めるお前は、戦功を以て自らの汚名を濯ぐことは叶わん」

「っ……」


 テミスはそう語りながら膝を立てると、剣の食い込んだ傷口を押さえながら言葉を続けた。


「そしてお前は、自らの行った魔導研究の成果を直接目にする事は無い。己が創り出した魔術で敵を討つ機会など二度と訪れず、その成果は等しく……私達にも分け与えられる事だろうな」

「っ……!!」


 ドロシーをことごとく見下ろしながら、テミスは皮肉気に、そして満足気に言葉を紡ぐ。同時に、その言葉が重ねられるにつれて、満足気だったドロシーの顔に絶望が差し込んで来る。


「お前は忠誠を尽くすギルティアの為に働き続ける……だがその成果は同時に、お前が憎み呪う私も享受するのだ……。そして、その立場からお前が脱出する術は無い」

「っ……!! ッ……!! 貴……様ッ……!!!」

「ああ……。その表情だ。怒りと恥辱に塗れ、己が未来の絶望を悟った顔……それが見たかった」


 ドロシーが歯ぎしりと共に言葉を漏らすと、テミスは愉悦と恍惚を混ぜ合わせたような笑みを浮かべて空を仰いだ。


「なるほど……な……」


 清々しい気分と共に、ゆったりとした満足感を得ながらテミスは口を動かした。

 確かに、フリーディアの言う通りだったかもしれない。

 何も、殺すだけが悪を誅する道ではない。今回のドロシーの様に、心を折り砕き殺しても、達成感や満足感を得る質の悪い殉教者の様な輩も居る。

 ならば、相手の誇りや望みを的確に見抜き、それを確実に叩き潰す必要がある。


「おい……ドロシー……」

「何よ……?」


 天を仰いだまま、掠れた声でテミスが語り掛ける。血を失い過ぎたのか、大盛り上がりの観客達の歓声や拡声されたギルティアの声は、水底に沈んでいるかの如く歪んで聞こえる。


「いくら言葉を重ねた所で……お前は信じないだろうが……」


 まるでうわごとのように小さな声で、テミスは傍らに転がり伏すドロシーに語り掛け続ける。

 間違った事をしたとは思ってはいない。プルガルドの施設を潰したのは正しい事だと信じているし、この戦いもドロシーの一方的な逆恨みが原因だ。

 だがそれは、正道を貫いた結果とはいえど、決して正解では無かったのだろう。

 害するもの全てに牙を突き立て続けた結果、ファントの町を……アリーシャ達を危険に晒したのは間違いのない事実だ。もしかしたら、避けられ得る争いもあったのかもしれない。

 故に……テミスは彼女らしくない(・・・・・・・)綺麗な笑みを浮かべながらドロシーに視線を落とすと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「私はこの世界の人間共に絶望している。……一部を除いてな」

「っ――!」

「無論それは、魔族共も同じ事だが……少なくとも、魔王領の方がマシだと私は思う」

「お前……」


 それは紛れもなくテミスの本心であり、彼女が魔王軍に付いた本当の理由だ。その飾り気のない言葉に、眉をひそめていたドロシーが驚いたように表情を変える。


「だから……」


 しかし、テミスはドロシーの呟いた言葉を黙殺すると、言葉を切って綺麗な笑みを憎たらしい笑みへと豹変させて言い放った。


「せいぜい、恥辱に塗れながら光差さぬ後方で、自らの間違いを悔い続けるがいい」

「っ――!! コイツっ……何処までも性根が腐ってるわ……ッ!!」


 その言葉に、ドロシーは食いしばった歯の隙間から、怒りの呟きを漏らした。

 だが皮肉にもその光景は、眺める者達にはまるで互いの健闘を称えあうかのようにでも映ったのか、割れるような歓声が鳴り止むことなく送り続けられていたのだった。

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