幕間 船乗りの誇り
巨大戦艦へ乗り込んでいくテミス達を視界の端で見送ったロロニアは、自らの駆る操舵倫に全神経を集中させていた。
傍らを疾駆する巨大戦艦に比べて、ロロニア達が乗る船は矮小という他は無く、僅かでも操作を誤れば瞬く間にその巨体を以て圧し潰されてしまうだろう。
だがそれでも。ロロニア達がこの戦いに勝利する為には、最早この巨大戦艦を止める以外に手段は無い。
それを理解しているからこそ、ロロニアは危険を承知のうえで、テミス達が乗り込んだ後も並走を続けている。
「船長ッ!! もう十分だッ!! 一度船を離しましょう! こっちが潰されちまう!」
「ッ……!」
「船長ってばッ!! 砲撃もマトモに利かねぇ相手だ! 俺達がこうしていたって何の意味も――」
「――馬鹿野郎ッ!! そんなに逃げたきゃサッサと一人で湖ン中飛び込みやがれ!」
悲鳴に似た叫びをあげる船員に、ロロニアはギラリと鋭い光を目に宿して怒鳴ると、打ち寄せた波をいなして操舵を続けた。
「アイツらが戦ってンだ!! 仲間が戦ってるってのに逃げ出すってのか! テメェは!! あぁッ!?」
「で……ですがッ……!!」
「良いか! 今の俺達の役目は、力を蓄えながら無事に生き残ることだ! 俺達はアイツらの足だ! こんな所消耗してられねぇんだよ! よく見てみろッ!! 今の俺達にゃこのデカブツだけじゃねぇ! 敵の船を追い返せる程度の攻撃力はねぇ!」
細かな操作を続けながらロロニアは怒鳴ると、僅かに視線を逸らして甲板の上でへたり込むコルカ達へ向ける。
ロロニアとて詳しい事はわからない。
けれど、今の彼女たちは何処からどう見ても、あの強力な魔法を放てるようには見えない。
しかし、彼女たちの魔法が無ければ、ロロニア達の有する攻撃手段は砲撃に限られるが、ただの砲撃では敵の戦艦に効果は薄い。
つまり、今のロロニアたちは攻撃も防御もできない丸裸も同然。
そんなロロニア達が寄る辺に出来るものといえば最早操舵の腕以外に無く、テミス達の乗り込んだこの巨大戦艦の傍らに自分達の船を寄せる事で、他の敵船に対する盾代わりにしているのだ。
「……ッ!! 下らねぇ泣き言垂れる暇ァあんなら、さっさとお客さんたちを休ませて来い!」
「船長っ……!?」
「今を持ち堪えるのが俺達の仕事だッ!! この船に命託されてんだろうが!! さっさと動きやがれッ!!」
「ハ……ハイッ……!!!」
「……ったく。早くケリ付けろよ。こっちも長くは持たねぇぞ……!」
バシャリッ! と。
ひときわ強い波にあおられると、ロロニア達の船は巨大戦艦に接触し、メキメキと嫌な叫びをあげる。
だが、ロロニアの卓越した操舵技術により即座に圧壊を免れ、船は再び僅かな隙間を開けての並走を始めた。
その傍らで、ロロニアは怯える船員を一喝してコルカ達の元へと向かわせると、並走する巨大戦艦の腹を睨み付けて、低い声で呟きを漏らしたのだった。




