幕間 人魔の共闘
フリーディア率いる白翼騎士団の約半数とテミスが、ユナリアス救出作戦にあたっている頃。
パラディウム砦の軍港では、もう一つの戦いが繰り広げられていた。
否。それは最早戦いと呼ぶべき代物ではなく、一方的な蹂躙で。
動きの制限される軍港の中、同士討ちを恐れて発砲を封じられた戦艦に対し、サキュド率いる飛行部隊が縦横無尽に飛び回り、空からの奇襲を仕掛ける。
同時に地上からは、カルヴァス率いる白翼騎士団の騎士達が攻め入り、戦艦を以て戦う事を得意とするヴェネルティの兵達は己の武器を封じられたに等しく、為す術もなく打ち倒されていく。
「アッハハハハハッ!! 湖って素敵よねッ! こぉんな高い所から落としたとても、すぐには死なないもの」
「あッ……がッ……や……やめ……ッ!!」
甲板の上へと急降下し、手にした紅槍を振るったサキュドは、手近な敵兵の首を鷲掴みにして、狂笑と共に再び上空へと飛び上がった。
無論。空を飛ぶ術など持たないヴェネルティの兵士は、必死で己の首を締め上げるサキュドの腕に縋りつく他は無く、戦艦を見下ろすほどの高さへと連れ去られた恐怖にガチガチと歯の根を震わせる。
「何を言っているのかしら? アナタは運が良い方よ。ホラ見なさい?」
「ッ……!!!」
首を掴みあげたままひとしきり笑い終えたサキュドは、苦し気な兵士の言葉に視線を眼下の船へと向けると、そこに広がる惨状を示してみせた。
そこはつい先ほどまで、サキュドに囚われる前の兵士が立っていた戦艦で。
阿鼻叫喚の地獄と化した甲板では、サキュドの攻撃に巻き込まれた兵士たちの苦悶の悲鳴が、そこかしこから響き渡っていた。
「ウフフフッ……! 殺さないように加減をしているとはいっても、脆弱な人間風情がこのアタシの一撃を受けたのだもの。ただで済んでは沽券に関わるわ?」
「ッ……!! あ……悪魔……め……ッ!!」
兵士の視力ではぼんやりとしか見えないものの、愉し気に眼下を見つめるサキュドの瞳には、地獄と化した甲板の様子がしっかりと見えており、不運にも穂先の一撃で腕を失った兵士が切断された片腕を手に彷徨い歩く姿や、分厚い装甲に叩きつけられ、ビクビクと不気味に全身を跳ねさせる兵士など、眼前の無傷の兵士に比べて遥かに悲惨な状況が広がっている。
「クスクスクス……。それじゃあ……がぁんばってねっ?」
「っ……!? う……うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ……!!!」
サキュドはその様子を眺めながら再び愉し気に笑った後、唐突に眼前の兵士へと視線を向けると、にっこりと笑みを深めて首を掴んでいた手を離す。
兵士は半ば反射的にサキュドの手へと縋り付くものの無情にも振り払われ、僅かたりとも身体を支える事は叶わずに落ちていった。
そして数秒の後。
上空から落とされた兵士は、バシャアァンッ!! と派手な水しぶきを上げて軍港内の水面に堕ち、僅かな時間その姿を水中に消した後、ピクリとすら動く様子もなく近くの水面に浮かび上がる。
「クッ……!! 何と残酷な真似をッ……!!!」
「…………」
その様子を地上から見上げていた白翼騎士団の騎士が、歯噛みしながら悔し気に吐き捨てるものの、カルヴァスは苦虫を嚙み潰したような表情で視線を逸らした。
確かに、サキュドの行為は赦し難い残酷な真似ではある。
だがその効果は絶大で。
恐怖に圧し潰された敵兵が今も、泣き喚きながら投降してきているのだ。
もしも、サキュドたちの助けが無ければ、堅牢な城に等しい戦艦をこうも簡単に制圧することはできず、双方に夥しい数の死体が積み上がることになるだろう。
「ッ……!! 泳げる者は水に落とされた者を引き上げてやれ。まだ助かる者も居るやもしれん」
少しでも早く。一つでも多くの船を制圧する事が出来れば、犠牲者を減らす事が出来る。
カルヴァスはそんな忸怩たる思いを胸にそう命令を出すと、自身は次の戦艦の制圧に向かっている部隊を指揮すべく駆け出して行く。
「……厭な役回りだな。お互いに」
軍港を駆けながら、カルヴァスは上空を飛ぶサキュドへチラリと視線を向けると、眉を顰めてボソリと呟きを漏らしたのだった。




