幕間 生粋の狩猟者
休暇を楽しむテミスが獣王の館の前を通りがかった頃。
シズクとヤヤはギルドの依頼を受け、ファント郊外の森の中を疾駆していた。
「ッ……!! ヤヤ様ッ!!」
「わかっているッ!」
僅かに息を荒げながら駆ける二人の前には、幾多の刀傷を受けた一頭の獣……剣士虎が、必死の形相で逃げ回っている。
尤も、この剣士虎は二人の狙う獲物ではなく、シズクとヤヤの本来の獲物である三角山羊を狙っている際に遭遇しただけなのだが。
「私たちの獲物を……よくもッ……!!!」
「ヤヤ様。お気持ちは重々承知いたしますが、どうか無茶だけはなされませんよう」
「わかっているわッ!!」
「……なら、まずは私が先行します」
だが、現状は優勢とはいえ、剣士虎は侮ってかかっていい相手ではない。
その名が示す通り、剣が如き鋭く長い一対の牙を持つこの虎は、冒険者ギルドの基準を参照するのならば、単独討伐の許可が下りるのはAランク以上の実力を持つ者のみ。
一つ下のBランク冒険者が依頼を受ける場合は、複数パーティが合同で受注する程の難敵なのだ。
故に、怒りを燃やすヤヤに、傍らを駆けるシズクが注意を促すものの、その目に爛々と輝く殺意が薄れる事は無かった。
諭しても無駄。シズクは早々にヤヤの説得を諦めると、抜き放っていた刀を鞘へと納めて駆ける速度を速める。
「あっ……! シズクッ!!」
それを見たヤヤもすぐに後に続き、遁走する剣士虎との距離はみるみるうちに縮まっていった。
しかし……。
「ヴォゥッッッ!!!」
「――ッ!! しまっ……!!」
飛び出したシズクを迎え撃つかの如く、逃げ続けていた剣士虎は突如しなやかな動きで反転すると、鋭い牙を以てシズクへ襲い掛かった。
だが、素早く追跡する為に納刀していた所為で反応が遅れたシズクは、躱しきることは不可能だと察しながらも、致命傷だけは避けるために身を捩る。
その刹那。
「シズクッ! 動くなッ!!」
「ッ……!?」
鋭い命令と共に、小さな人影が木の上からシズク達の頭上へと跳びあがり、その手に携えた一対の刃がギラリと輝きを放った。
そして次の瞬間。
ザクリと刃の突き立つ音が響くと同時に、剣士虎の突進は止まり、大きな牙はシズクの脚の隣の地面を穿っていた。
「……フゥッ! 討伐完了。シズク。私が誰だか忘れたの? 狩りの腕なら誰にも負けないわ」
倒れ伏した剣士虎の大きな背には、馬乗りになって首筋を正確に貫いたヤヤの姿があって。
得意気満面な表情で、尻もちをついたシズクを見下ろしていたのだった。




