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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1874話 存在しない本当の昔話

「なに……何処にでもよくある、くだらなくてつまらん話だ」


 互いに真意をぶつけ合った後、テミスはフリーディアと共に肩を並べて甲板に腰掛けると、ぼんやりと湖を眺めながら語り始める。

 それは自らの過去の話。

 とはいえ、異なる世界での出来事を、この世界を生きる者であるフリーディアにそっくりをのまま話してしまう訳にはいかない。

 故に。テミスはゆったりとした口調で前置きをしつつ、フリーディアに語って聞かせる内容を組み上げていく。


「ロンヴァルディアを訪れる前、私は衛兵のような仕事に就いていたんだ」

「っ……! 意外ね。けれど貴女ほどの使い手なら、ロンヴァルディアまで噂が届いても不思議ではないと思うのだけれど……」

「あ~……私が職に就いていた町はかなり遠いからな。お前が知らないのも無理はないさ」


 早速目を見開いて驚きを露にするフリーディアに、テミスは小さく苦笑いを浮かべて真実を誤魔化した。

 そもそも世界自体が異なるのだ。噂など届く訳もないし、あの頃の『俺』は噂になるような人間ではなかった。


「続けるぞ。とある日の事さ。あ~……っと……二階にある店の中で大きな鉈を持って暴れた男が居てな。偶然その場に非番だった私が居合わせたんだ」

「ふふっ……! その男も不幸ね。よりによって貴女が居るなんて」

「……かもしれんな。だが生憎、店は所狭しと席が並んでいたし、唯一の逃げ道は男が塞いでいる。客たちは皆、店の奥へと逃げるしか道は無く、次第に追い詰められていった」

「でも衛兵たる貴女が居たのでしょう? 暴れた男には気の毒だけれど、安心して聞いていられるわ」

「そうだと良かったんだがな。無論、私は男に立ち向かったさ。だが不運だったのは、男の近くにまだ逃げ遅れた者が居た事と、客の中に特別臆病な奴が居た事さ」

「ッ……! まさか……」

「逃げ遅れた者は斬られたものの生きてはいた。だが、前へ斬り込もうにも、怯えた客の一人が私に縋り付いていたんだ。衛兵を前にした敵がそんな隙を見逃すはずも無い。私を殺すべく真正面から斬りかかってきたよ」

「ッ……!!!」


 記憶に焼き付くかつての光景を、テミスは適時フリーディアが理解できるように変換しながら語り聞かせる。

 無論、表現や状況を変える事で幾らかの齟齬は生まれかねないだろうが、全てを語ってやることはできない以上、相応の代償といえるだろう。


「当然、足元に纏わり付かれた私に男の斬撃を躱す術は無い。加えて非番だった私の武装は短剣が一振りのみ。男の肉厚な刃を受けるには心許無かった」

「受ける事も。躱す事も出来ない……! なら……!!」

「あぁ。結論から言ってしまえば、私は男を殺す事を選んだよ。背に守るべき多くの無辜の民と、眼前の暴漢一人。どちらを選ぶかなど決まっている」

「そう……ね……。もしもそんな状況になったら……私は……」

「一撃で確実に仕留めるべく放った私の刃は役目を果たした。だが、それが問題だったのさ」

「……!? どういう事? 貴女は仕事を十全に果たした。守るべき人々を護ったんじゃなかったの?」


 我ながら、酷く苦しい言い回しだ。

 テミスはそう自覚しながらも、止める事無く話を先に進め、フリーディアが覚えずには居られないであろう違和感をうやむやにした。

 だがどうやら、フリーディアも私があった事実をそのまま語り聞かせている訳ではない事の察しは付いているらしく、細かな齟齬を突いてくる事は無かった。


「…………。フム……」

「テミス?」


 しかし、ここまで語り聞かせた所でテミスは唐突に話を止めると、顎に手を当てて考え込んだ。

 この世界における人権と、あの世界で万人に認められた人権とは比べ物にならない程の乖離がある。

 それが衛兵と犯人という間柄ならば猶更の事で。

 たとえ犯人を殺してしまっていたとしても、この世界で聞けば誰に問おうと間違い無く、十人が十人とも衛兵に罪は無いと答えるだろう。

 ならば……と。

 テミスは一つの結論に行き着くと、肩を竦めながら再び口を開いた。


「いや、少し思い出していただけさ。問題だったのはこの男が、さる大貴族の嫡男でな。仕事の評判も良く、要職についていたものだから、貴族共は勿論、民衆からも殺すべきではなかったと批判が殺到したんだよ」

「なっ……! そんな……!!」

「結果。私は職を追われ、町を歩く事すら出来なくなった。こうなってしまっては何を語ろうとも無意味だ。そう悟った私は町を棄てて逃れ、ロンヴァルディアでお前と出会った訳さ」

「ッ……!!!」


 考え直してみれば破綻だらけのたとえ話ではあったものの、テミスが話をそう締めくくると、フリーディアは自身の口に掌を当てて絶句していた。

 尤も、これは昔話の威を借りた例え話であり、本質は似せたもののやはりどこまでいっても真実ではない。

 けれど、僅かばかりではあろうが、あの時味わった絶望は確かにフリーディアに伝わったらしく。


「な? くだらない上に面白くもない話だろう? まぁ、感想はそのうちお前が落ち着いた時にでも聞かせてくれ。それよりも見ろ……まるで凱旋だ」


 言葉すら出ないといった様子のフリーディアに、テミスは肩をすくめてクスリと不敵に笑ってみせると、速度を落とし始めた船の前方を指差した。

 そこには、ロロニアの船を出迎えるかの如く軍船が左右に並んでおり、湖の上に作り出された道の先には、フォローダの町が待ち構えていたのだった。

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