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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第28章

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1938/2319

1871話 心を削ぎ落として

 戦いを終え、帰路についたはずのロロニアの船には、酷く重苦しい雰囲気が漂っていた。

 そんな嫌な空気から逃れるかのように、怒れるフリーディアを引き剥がしたテミスは一人、船の後方でぼんやりと水面に散る白波を眺めて小さく息を吐く。

 元より、ロロニア達は軍人ではないとはいえ、湖族もテミスが倒した兵達と同じく船の上で生きる者である事に変わりはない。

 だからこそ、船が沈む恐怖や備蓄の物資が尽きた時の地獄など、我が身に降りかかる災難が如く、容易く想像し得るのだろう。

 その心情はテミスにも理解はできる。

 けれど……。


「フッ……流石に堪えるな……」


 テミスは皮肉気な微笑みを浮かべてそう嘯くと、船の端に設えられた手すりへと静かに身を預けた。

 何をどう少なく見繕った所で、テミスと相対したヴェネルティの兵士たちが酷く苦しむのは間違いないだろう。

 ともすれば、船に残った数少ない物資を巡って仲間同士で殺し合ったり、途方もない餓えや渇きに苛まれる事になるやもしれない。

 だが。だからといって、あの船に残るであろう全ての兵士達を介錯して回ることなど不可能だし、全員を捕虜として連れ出すなど以ての外だ。

 つまるところ、あの巨大戦艦を沈めた時点で、誰かが負う羽目になるであろう苦しみであり、しかしあの船を沈めなければ、確実にフォローダの町は焼かれていただろう。


「……存外。慣れんものだな。こういう事は二度目(・・・)だというのに」


 じくじくと疼く心の古傷にうめき声をあげながら、テミスは深いため息と共にどんよりと濁った瞳で空を見上げる。

 巨大戦艦が出撃したあの時点ではもう、フォローダの町を守るには船を沈めるほかに手は無かった。

 ならば、敵地に攻め込まなければよかったのか? 否。我々の陽動があったからこそ、パラディウム砦に取り残されていた非戦闘員たちを脱出させる事が出来たのだ。

 全ては必要が必要であるが故に。

 守りたいと願ったものを守る為に、立ちはだかる敵を屠ったに過ぎない。


「やはり、誰かを守るなどという事は性に合わん。クソ……気分が悪い。二度と御免だ」


 胸の内に渦巻く不快感が更なる不快感を招き、テミスは自身の苛立ちが刻一刻と膨れ上がっていくのを感じると、固く食いしばった歯の隙間から吐き捨てるように呟きを漏らす。

 誰かを救うという事は、誰かを救わないという事。

 そんな下らない選択にもう懲りたからこそ、私はこの心に悪逆を滅ぼすと誓ったはずなのに……。

 足元に深く絡み付く溝泥のような記憶と濁った感情。

 砂を噛み締めるような思いに、テミスがぎしりと固く拳を握り締めた時だった。


「……テミス。こんな所に居たのね。探したわ」

「消えろ。悪いが今、私は虫の居所が悪い。お前の戯れ言に付き合ってやれるような気分ではないんだ」

「貴女が嫌でも付き合って貰うわ。大切な話だもの」

「チッ……! 後にしてくれ」

「――っ!! 待って!! 待ちなさいよッ!!」


 コッ……コッ……! と軽い足音を響かせて姿を現したフリーディアに、テミスは顔を顰めて不快感を露にすると、感情の籠らない声で淡々と言葉を返す。

 しかしそれでも、瞳に煌々たる決意を宿したフリーディアが退く事は無く、威圧感すら込めて目を細めたテミスに臆することなく、胸を張ってその眼前まで歩み寄った。

 酷く眩しい、そして不快な眼だ。

 思い出したくもない心の傷(トラウマ)をほじくり返されたばかりの今だけは、そんな眼など見たくもないし、そんな眼をした奴が意を決して宣う言葉など聞きたくもない。

 揺れる事の無いフリーディアに、テミスは即座に危機感を感じると、ならば自分が立ち去ろうと、身を預けていた手すりから身体を離して足早に歩き始める。

 しかし。眼前まで迫っていたフリーディアを避けたにも関わらず、素早い身のこなしで身を翻したフリーディアは一足飛びに開きかけたテミスとの距離を詰め、肩を掴んでその歩みを止めた。


「…………」


 わからない奴だ。

 頼むから今だけは関わらないでくれ。

 そんな思いすら込めて、テミスは肩越しにフリーディアを見やると、ゆっくりと目を細めて睨み付ける。

 だが……。


「今日という今日は逃がさないわ! テミスッ!! 流石に今回ばかりは、貴女の所業は看過できないッ!! 苦しみ抜いて死んでしまうとわかっていて、それでも見棄てるだなんてヒトのやることではないわッ!! たとえ戦うべき敵であろうとも、そんな残酷な真似をする必要は無かったはずよッ!!」

「ッ……」

「この船の皆もそう感じているわ!! 貴女も思うところがあったからこそ、こんな所に一人で隠れていたのでしょう!? でも、今の貴女がやることはそんな事じゃないわッ!」

「ッ――」


 捕らえたテミスの肩を離さないまま、フリーディアは燃え上がるような眼でテミスの視線を睨み返すと、凛と気高さの籠った言葉を叩きつけた。

 その瞬間。

 ぷつり……。と。

 テミスの胸の内で、何かが切れる音がしたのだった。

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