1858話 傍らに共に
大剣の刀身から放たれる強烈な光が、薄暗い部屋の中を照らし出し闇を払う。
薄闇の中で輝くそれはまるで、煌々と輝く太陽のようで。
その光に息を呑んだフリーディアは、踵を返していた足を止めて振り返るものの、すぐに静止の言葉を叫ぶ事が出来なかった。
「っ……!! テミス!!! 貴女……何を考えているの!? こんな所で月光斬なんて撃てばどうなるか……それを解っているから、さっきは加減をしたのでしょう!?」
けれど、すぐに喉元へとせり上がった危機感が、テミスの背が纏った気迫を打ち払い、フリーディアは激しい口調で叫びをあげる。
確かに、テミスの月光斬の威力なら、これ程の巨躯を持つこの船であっても、切り裂く事が出来るかもしれない。
更に付け加えるのならば、動力部を眼前に晒したここは腹の中と同義。あのどうしようもなく巨大な動力部を破壊できる可能性は十二分にあるだろう。
けれど。船の大きさを鑑みても、今居るこの場所が水中深くであることは間違いない。
そんな場所で月光斬を放ち、万に一つでも動力部だけではなくて船そのものを両断してしまったら。
もしも、船の足を止めるに留まらず、たとえ両断までは至らずとも、船を沈めるだけの損壊を与えてしまったら……!
自分達が途方もない危険に飲み込まれるのは言うまでもなく、この船に乗っている多くの者達に死者が出るだろう。
しかし……。
「フリーディア。邪魔をしてはいけないよ」
「ッ……!! ユナリアス! 離して!! テミスを止めないと!!」
「いいや。離さない。今から指令室の制圧に向かったとしても、フォローダの町を護り切ることができる可能性はそこまで高くない」
「そんな事は無いわ!! まだ間に合う……いいえ! 必ず間に合わせてみせる!! だからテミスを止めるのを手伝って!!」
構えを取ったテミスを止めるべく駆け寄ろうとしたフリーディアの前に、静かな微笑みを浮かべたユナリアスが立ちはだかると、飛び出した身体を抱き留めるようにしてその行く手を阻む。
だがそれでも、フリーディアは必死の思いを紡ぎながらもがくが、ユナリアスにがっしりと掴まれた肩が解放される事は無かった。
「フフ……君のそういう所は嫌いじゃないけれどね。私はフォローダの町を守護する領主の娘にして、蒼鱗騎士団の団長。ここであの動力を破壊する事が出来れば、たとえここで私たちが斃れたとしても、この船の砲がフォローダの町を焼く事は無い」
「なっ……!! ユナリアス……貴女ッ……!!」
「そんな顔をしないでよ。彼女には窮地を救われた恩もあるからね。それに……だ。確かに私は、彼女とここまで共に肩を並べた時間は短い。けれどね、私には彼女がたったこんな程度の船を沈める為だけに、自分の命すらも投げ出すとは到底思えないんだ」
フリーディアを腕の中に留めたまま、ユナリアスは穏やかな語調でそう諭すと、チラリと背後を振り返って力を溜めるテミスへと細めた目を向ける。
こうした間に立ってみると良くわかる。
フリーディアと彼女は、考え方一つを取っても、どうしようもないほどに正反対だ。
敵味方を問わず、一人でも多くの命を守らんと奔走するフリーディアに対して、眼前の敵を一掃せんと剣を振るうテミス。
どちらが正しいかだなんて野暮なことは言わないけれど、こうして共に戦っている以上は、食い違う二人の意見のどちらかを選ばなければならない時もある。
「クス……。あぁ……君たちを見ていると、どうしようもなく自分が厭になってくるね」
「……? ユナ、リアス?」
「私はね。フリーディア。フォローダの町を守ることさえできればそれで良いんだ。それが叶うのなら、自分の命だけではなくて君たちの命でさえも二の次に置けてしまう。どうしようもない、卑怯な女だ」
「それは違うわッ!! 良い? ユナリアス。良く聞いて。テミスも私も、自分の志に従って動いているわ。だから例え反目したとしても、私は決して自分を卑下したり、テミスを憎んだりはしない。だから貴女も、自分の町を護るという志に……それを達する為に選んだ選択に、誇りを持ちなさい」
皮肉気に頬を歪めて自嘲したユナリアスに、フリーディアは真正面から向き合って視線を合わせると、凛と揺れない声でそう言い放った。
その言葉は、気付かないうちに恩人と親友から距離を置き、一歩退いていたユナリアスの心を揺さぶるには十分過ぎて。
「――ッ!! ォォォォォォオオオオオオオオオッッッ!!!」
「……ありがとう」
遂に煌々と光る大剣を振り抜いて月光斬を放つ、テミスの気迫の籠った雄叫びに掻き消されながら、ユナリアスはコクリと頷いて礼を告げると、頭上に鎮座する動力へ向けて放たれた巨大な光の刃を、目を細めて仰ぎ見たのだった。




