1857話 巨躯を支えしモノ
兵士達を退け、ひと際巨大で重厚な扉を破った先に在ったのは、この船の巨躯を駆る為に設えられた巨大な動力部だった。
今も尚、重く低い音を奏でながら回るそれは、明らかに剣や魔法などで破壊できる大きさを超えている。
故にこそ。扉を潜ったユナリアスは立ち止まったテミスが口を開くよりも先に、傍らで稼働する機器へと取りつき、緊迫した面持ちで手を動かし始めたのだが……。
「っ……!! 駄目だ……まるで解らない……。何故、こんなにも巨大な物を動かす事が出来ているのかも。その力を一体どこから得ているのかすら……何も……!!」
「そうか」
「――ッ!? テミスッ!?」
ユナリアスが繰る機器と、巨大な動力が動く音だけが響く僅かな沈黙の後。
肩を落としたユナリアスが力無く首を振りながら告げると、テミスはただ一言短く言葉を返す。
直後。
テミスは唐突に大剣を抜き放って鋭い身のこなしで振りかぶると、つい先ほどまでユナリアスが弄っていた機器へ向けてその切っ先を突き立てた。
ドガンという暴力的な音と共に、機器に用いられていたエネルギーがスパークするバチバチと音色を奏で、それは不可逆の破壊が齎された事を物語っていた。
「な……何をッ……!?」
「何をだと? 何度も言わせるな。我々は、この船を止めに来たのだろう? こちらで操る手段が無いのならば、完膚なきまでに破壊するまでだ」
「でもッ!! あんな大きなもの壊せる訳がないわッ……!! 貴女の月光斬ではこの船ごと切り裂いてしまうッ!!」
「フム……」
悲鳴のような声で叫んだフリーディアを、テミスは小さく息を吐きながらチラリと視線を向ける。
どうやら、フリーディアの持ち得る選択肢の中には、自身の命を懸けてまでもこの船の足を止めるという選択肢は無いらしい。
フリーディアの言葉を意外に思ったテミスは僅かに目を見開いて驚きを露わにしたものの、即座に自身の抱いた考えを否定する。
否。そんな殊勝な考え方をする奴ならば、私がこうまで苦労する事は無い。
船の底部に当たるこの場所には今、フリーディアだけではなくユナリアスや私も居る。
更に加えて、甲板には倒したまま残してきたユウキ達も居るし、この船に乗り込んだ敵兵共もまだまだ居るはずだ。
つまるところ、そう言った諸々の連中の命までも加味しているからこそ、そもそもフリーディアの内の選択肢には、この船を破壊するという選択肢そのものが存在しないのだろう。
「ハッ……温い」
そうフリーディアの考えを推察したテミスは、機器へ突き立てた大剣をぞろりと引き抜くと、鼻を鳴らして再び構えを取り、今度は刃に力を収束し始めた。
程なくして、大剣の刀身は白い光を帯びはじめ、それを見たフリーディアは鋭く息を呑むと、撃ち出されんとしている斬撃を止めるべく、言葉よりも先に閃かせた手でテミスの肩を掴む。
だが……。
「ハァァァァァアアアアアアアッッ……!!!」
「駄目ッ!! テミスッ!!!」
雄叫びと共に斬撃が放たれるのと、フリーディアが制止の悲鳴をあげたのは全くの同時で。
フリーディアの声も虚しく、頭上で音を響かせながら回転する巨大な動力部が、船全体をも揺るがす衝撃と共に白煙をあげた。
「…………。チッ……!! やはりこの程度では駄目か……」
「っ~~~!!! 馬鹿ッ!! また考え無しに無茶苦茶をして!! もし船が沈んだらどうする気だったのよ!!」
「私としては、お前の意志を、尊重した、つもりだった、のだがな。――おい揺するな」
大剣を振り抜いた格好のまま、テミスは白煙に包まれる動力部を仰ぎ見て舌打ちを零すと、忌々し気に目を細める。
だがすぐに、傍らのフリーディアがテミスへ飛び掛かると、大声で怒鳴りつけながらガクガクと前後にその身体を揺さぶった。
「えぇいッ……鬱陶しい!! 私とて、無用な危険を冒す気は無い。よく見ろ。今のは月光斬ではない!」
「嘘ッ!! だって……今確かに……!!」
「いまさらここで嘘をついて何になる。動力部を破壊するだけならば、新月斬……刃を持たぬ一撃でも事足りるかと思ったが……。やれやれ、よもや動きを止める事すら出来んとは」
言葉と共に、テミスはフリーディアの手を振り払うと、再び新月斬を叩き込んだ頭上の動力部を仰ぎ見て、皮肉気な笑みを浮かべながら肩を竦める。
テミスの一撃によって生じていた白煙が晴れたそこには、僅かに抉れたような歪みが生じてこそいたものの、ミシミシという僅かな異音が微かに混じり始めた事以外に変化は無く、期待していたほどの破壊効果を得る事は出来ていなかった。
だが、不殺の技である新月斬とはいえ、テミスが全力で放てばそれなりの威力にはなる。
それを以てして尚、大した被害を与える事が出来ていない所を見ると、改めて月光斬を放ったとしても、自身の魔力と闘気を用いた斬撃では、あの動力を破壊するには威力不足であるのは明白だった。
「……こうなったら、作戦を変更しましょう。テミス。貴女は無理だと笑ったけれどもう他に手は無いわ。指令部を制圧して船を止めましょう」
動力を破壊する手はない。
そう認識したフリーディアは、眉根を潜めて唇を噛むと、身を翻して破った出入口へ向けて足早に踵を返した。
確かに、今から司令部を制圧するとなると、一刻たりとも猶予はないだろう。
しかし……。
「ククッ……!! ユナリアス。邪魔をさせるなよ? あと、全速力で走る準備をしておけ」
凶悪な笑みを浮かべて喉を鳴らしたテミスは、再び大剣を構え直すと、全力の月光斬を以て破壊を試みるべく、その刀身に全力で力を注ぎ始めたのだった。




