1856話 暗闇の底
薄暗い巨大戦艦の深層を、赤々とした警告灯が煌々と照らし出す。
ゴウン……ゴウン……と重く低い音が振動を伴って一定のリズムで常に響き、更に場の不気味さに拍車をかけていた。
だが。その音と振動の源こそ、テミス達の目指す動力部で。
目的地が一歩、また一歩と近付いている確信に、テミスはニンマリと口角を吊り上げた。
「畜生!! もうこんな所まで……ッ!! 増援はまだなのかよォッ!!」
「早過ぎるッ……!! 指令部に守りを固めたのが裏目に出たんだ……!」
「報告ゥッ!! 第三格納庫にて侵入者と会敵ッ!! 奴等の狙いは間違い無いッ! 動力部だッ!! 増援ッ……!! 大至急増援をッ!!!」
観音開きの大きな扉を蹴破ると、そこにはだだっ広い部屋が広がっており、完全武装を固めた兵達が三人、壁に据え付けられた光の漏れる箱へと怒声をあげている。
しかしそれも束の間。
扉を蹴破ったテミス達が部屋の中へと足を踏み入れると、怒声をあげていたものを含めた兵たちはいっせいに抜剣して身構え、交戦の意思を示す。
「……無駄な抵抗は止せ。その様子では、勝てん事など先刻承知の上なのだろう?」
緊張と恐怖で表情を歪めた兵達を前に、テミスは歩調を緩めることなく更に一歩前へと踏み出すと、静かな声で問いかけながらズラリと背負った大剣を抜き放つ。
先ほど兵士が喚き散らしていたあの箱は、恐らくこの船の通信装置の役割を担う物だろう。
つまり、こちらの居場所と狙いは既に敵に筒抜けだと言う訳で。
先ほどの報告を受けた連中が如何なる判断を下すのかはわからないが、じきにこの場へ増援が差し向けられるのは間違い無い筈だ。
ならば、無駄な戦いは貴重な時間の浪費にほかならず、テミス達としては兵達が命惜しさに道を譲ってくれるのが一番だったのだが……。
「か……か……勝てぬからといってェ……!! 挑まん理由にはならん!!」
「一分でも!! 一秒でも時間を稼ぐ事が出来れば僥倖ッ!!」
「この船は我等に残された最後の希望!! 絶対にやらせる訳にはいかないッ!」
肩を並べて立ちはだかった三人の兵は決死の決意を滾らせて叫ぶと、その背で奥へと続く扉を護りながら真っ向からテミスと相対した。
「待って!! その覚悟は立派だわ! けれど――」
「――フリーディア。時間の無駄だ。邪魔をするな」
そんな兵達を説得せんと、フリーディアが悲痛な声を張り上げるが、皆まで言い切る前にテミスがそれを制し、カチャリと大剣を構える。
相対しただけですぐに分かる。こいつ等が説得に応じる可能性は絶無。たとえわずかな時間しか稼ぐ事が叶わず、無駄死にする事になろうとも、彼等が白旗をあげる事は無いだろう。
加えてむしろ、ここで言葉を交わすこと自体が彼等の目的で。
一刻一秒でも時間が過ぎれば過ぎるほど、彼等の胸の内にありもしない希望を芽生えさせることになる。
だから……。
「その意気や良し。国の為に命を捧ぐというのならば……その命貰い受けて先へ進ませて貰う」
「――ッ!! 一撃だ!! 僅かでもいい! 手傷を負わせるぞ!!」
「オォォォォオオオオッ……!!」
「ウワアアアァァァァァァッッ!!!」
大剣を構えたテミスが凛と告げると、返答代わりの号令を合図に、緊張と恐怖が弾けたらしい兵達が一斉に狂声をあげてテミスへと斬りかかった。
三方向同時の命を棄てた特攻。
そんな捨て身の攻撃を前に、テミスはただ大剣を構えたまま静かに姿勢を沈めただけで。
次の瞬間。
斬りかかった三人の兵達が更なる一歩を踏み出す前に、相対するテミスの姿が掻き消える。
「な……ぁ……?」
「嘘……だ……ろ……?」
「ひぃぃっ……!!」
三人の兵士は一陣の風を感じたかと思うと、一歩を踏み込んだ足がピタリと止まる。
更に一歩前へ。
強靭な意志を持ってそう念じるも、一度止まってしまった足は何故か、床に張り付いてしまったかのように動く事は無く、困惑と絶望が一斉に三人の兵士達へと襲い掛かった。
「おっと……。こいつ等の決死の気迫に当てられたか……些か深く踏み込み過ぎたな」
直後。
カツン。と言う軽い足音が兵士たちの背後から響き、同時に彼等がその背で護っていた筈の鋼鉄の扉に、真一文字の線が刻まれる。
そして、扉へと刻まれた線はみるみるうちに大きくズレて、扉だった物は両断されて鉄くずと化した。
それは即ち。
テミスの前に居た兵士たちも同様である事を意味しており。
テミスと相対した三人の兵士達は、扉が切り崩される音を聞く前に、床の上へと崩れ落ちていたのだった。




