1853話 虚ろの沈黙
肉の打ち付けられる重たい音が響いた後、戦場に静寂が訪れる。
吹き付ける風が激しい戦いの熱を奪い去り、過ぎ去っていった後の侘しさだけを残していく。
空虚と高揚が入り混じった感情の中。
ユナリアスは抜き放っていた剣で鋭く空を薙いでから、カチンと軽い音を響かせて鞘へと納める。
「終わったか。良い戦いだった」
「……ありがとう。っ……! まさか……傷を負ったのかい? 一番の難敵を任せてしまってすまない」
「気にするな。既に治療は済んでいる。それに、奴は……」
そこへ歩み寄ったテミスが静かに声を掛けると、振り返ったユナリアスは血に濡れたテミスの格好に驚いて目を見開いた。
だが、目を凝らして見てみれば、切り裂かれた服の裂け目から覗く肌は完全に治癒しており、今のテミスが消耗こそあれど無傷であることはすぐに見て取れる。
だからこそ、テミスは涼し気な表情で微笑みを浮かべると、抜け殻のようにへたり込んだユウキに視線を向けて、自らの戦いも終わっている事を告げた。
「……ッ! それはマズいぞテミス殿! くっ……!! 小細工を弄している時間は無いか……!! ひとまず、これをッ!!」
「っ……!?」
しかし、余裕を窺わせる表情を浮かべたテミスに反して、ユナリアスは途方もない焦りを浮かべており、懐から一枚の長い布を取り出してテミスの肩へと羽織らせる。
突飛なユナリアスの行動に、ビクリと身を跳ねさせて目を見開くテミスだったが、ユナリアスは構わず取り出した布をテミスへ押し付け続けると、身を寄せたまま小声で口を開く。
「応急処置用の布だが、ひとまずはこれで凌ぐんだ! こちらへフリーディアが来る! それだけの出血で傷が無いのはどう見ても不自然だ!」
「む……! そうか……確かに……。恩に着る」
「ふふ……秘密を守ると誓った仲だからね」
「二人共! 大丈夫? ……ってテミス? どうしたのよ。それ」
「っ……! あ~……どうやら敵の斬撃を紙一重で躱したらしくてね。派手に服が裂けていたので、ひとまずの処置さ。流石に目のやり場に困ったからね」
「……ふぅん。確かに、随分と派手に斬り合っていたものね。テミス、怪我はないの?」
「あぁ。問題無い」
「そ……なら良いわ」
ユナリアスは肩目を瞑って意味深な微笑みを浮かべた後、合流したフリーディアの問いに答えを返す。
虚実の織り交ぜられたその言葉に、フリーディアは喉を鳴らして素直に頷くと、チラリとテミスへ視線を向けて問いを重ねてから、ふいと明後日の方向へと視線を逸らした。
「私が相手をした彼女は、あまり詳しく聞かされてはいないみたい。テミスが相手をしたユウキの付き人って感じだったわ」
「無知……というか、深く考えていないのはユウキも同じのようだったな。だが、どうにも考え方に偏りがあるように思える」
そしてそのまま、コツリと足音を一つ鳴らして一歩を踏み出した後、足元に落ちていた両断された杖の切れ端を拾い上げて報告をする。
その仕草は何処か拗ねているようでもあり、ユナリアスの頬に冷や汗が伝うも、テミスがそれに気付く事は無く、淡々とした調子で話を進めていく。
「ユナリアス。そちらはどうだった? ユウキに良からぬことを吹き込んでいる者が居るとすれば、必ず近くに監視役となる息のかかった者を置くはずなのだが……」
「あ~……うん……。そういう意味で言うのなら、この二人……恐らくはそっちの師匠らしい人の方だろうね。でも、多分この二人も利用されている側だよ」
「何か話したのか?」
「情報らしいことは何も。ただ……これを見て」
「んん? こいつ……魔族だったのか……!? だというのに、何故……」
「っ……!! まさか……!!」
数秒視線を泳がせてから、ユナリアスは苦笑いを浮かべると自らが倒した大人びた魔法使いの傍らにしゃがみ込み、髪を避けて隠れていた耳を露出させる。
しかし、そこに在ったのは少し短いとはいえ、テミスにとっては見慣れた魔族の長い耳で、驚きと共に小首を傾げる。
対してフリーディアは、鋭く息を飲みながら大人びた魔法使いの傍らへと駆け寄ると、視線に痛まし気な色を浮かべて目を細めた。
「……? 何だ。おかしな奴等だな。対立しているとはいえ、魔族に付いた私のような例外も居るんだ。逆に人間に付く魔族が居ても不思議ではあるまい」
「違うわ……。違うのよテミス……。この長くも短くもない耳は半魔の証。彼女たちは人間と魔族の間に生まれた混血なのよ」
「混血……か……」
「だけど、ヴェネルティもロンヴァルディアと同じく、魔族や混血の者たちには生き辛い場所のはず……。それに、そんな彼女たちが勇者を名乗る彼女の仲間だなんて……」
「…………」
言葉を濁すユナリアスたちの傍らで呟きを漏らしながら、テミスは目を細めて気を失った二人の魔法使いへと視線を向ける。
あのギルティアが治めるヴァルミンツヘイムですら、今もなお対立の火種は燻っているのだ。敵対する種族の間に生まれた混血の者が、どのような目に遭うかなど想像に難くない。
「ハァ……。やれやれ……だ」
苦々しげな表情で黙り込んだフリーディアに、テミスはそこはかとなく嫌な予感を覚えると、深いため息を零しながら呟きを漏らしたのだった。




