1851話 混血の証
「ッ……!! やったッ……!!」
自らの放った魔法に包まれたユナリアスを見て、幼さの残る魔法使いが歓声を上げる。
真正面から炎の中へと突っ込んだのだ。当然無事で済むはずなど無く、たとえ生き残ったとしても戦闘を継続するだけの力は無い筈だ。
勝ったッ! 生き延びたッ!!
そう事実を認識した途端に、恐怖と苦しみに支配されていた幼さの残る魔法使いの心は歓喜に包まれ、真一文字に結ばれていた唇が喜色に緩む。
だが、次の瞬間。
「駄目ッ……!! まだ油断するんじゃ――」
「――ハァァァァッッッ!!!」
大人びた魔法使いが警告の声をあげかけた刹那。
炎の幕の中からユナリアスの雄叫びが響き、鋭く振るわれた一閃が炎を切り裂いた。
同時に、ユナリアスの剣は眼前の大人びた魔女の杖を軽々と両断し、その奥に守られていた豊満な肉体をも浅く切り裂く。
「あぁッ……!!!」
「え……?」
中空へと霧散していく炎と共に、血飛沫をあげて体勢を傾がせていく大人びた魔法使い。
幸喜の瞬間から一転。目の前で巻き起こる非情な現実に、幼さの残る魔法使いは満面の笑みを顔に張り付けたまま、凍り付いたようにビクリと身体を硬直させた。
「師……匠……?」
「ゥ……ク……ッ……!!」
「師匠ッ!!」
「…………」
「逃げなさい」
「なっ……」
「早くッ!! 距離を取って魔法の準備をするの! 私が動きを止めるから! 私ごとコイツを焼き殺しなさい!!」
「そんなッ……!!」
鬼気迫る表情でゆっくりと立ち上がりながら叫ぶ大人びた魔法使いに、幼さの残る魔法使いは目から涙を零しながら悲痛な悲鳴をあげる。
相手は杖を失った魔法使いと、冷静さを欠いた魔法使いの二人。
既に二人は剣の間合いの奥深くまで踏み入っており、ユナリアスはこうして相対している間であっても、即座に二人を斬る事が出来る。
けれど、必死で言葉を交わす二人を見据えて、ユナリアスはただ黙ったまま佇んでいた。
「できませんッ!! そんな……そんな事をするくらいなら私はッ……!!」
「それ以外に勝つ術はないわ!! 私たちは絶対に勝たなければならない!! わかるでしょう!! さぁ……!! 早くッ!!」
もしもこの場に立っていたのが貴女ならば、茶番だと言って斬るのだろうか?
必死の形相で叫びあう二人の魔法使いを視界に収めながら、ユナリアスはチラリと視線をテミスへと向けると、胸の内で静かに問いかけた。
フリーディアならばきっと、言葉を尽くして剣を収めるべく、説得を試みるのだろう。
けれど私は違う。
こうして敵として相対した以上、どのような場面を見せられようとも心が揺らぐ事は無いし、情けをかけるような甘さは持ち合わせてなどいない。
だが同時に、もしもこの窮地から逃れる策があるのならば、是非とも見てみたいと考えてしまう自分も居るのだ。
それが好奇心からくる悪癖である事も、フリーディアからは幾度となく趣味が悪いと窘められた慢心である事も理解している。
それでも。
才無き凡夫である自分が危機に瀕した時。一つでも多く窮地から脱する手段をこの目で見ておけば、それは後に自分の身を助ける得難い経験となる筈だ。
そう信じているからこそ、ユナリアスは動く事なく二人の魔法使いが覚悟を決めるのを待ち、ゆっくりと剣を構えてみせる。
「ッ……正々堂々……。それは余裕かしら? それとも、騎士の情け?」
「……ただの慢心だよ。悪い癖なんだ」
「ふふ……。なら、お礼を言わなくっちゃ。こうして時間稼ぎにも付き合ってくれているんですもの」
「なら、お礼ついでに一つだけ聞かせて貰おうかな? 君たちは本当に人間かい? 人間の身でこれほど魔法を連射できるなんて思えないのだけれど」
「…………。もう少し、かかるかしら。仕方ないわね。冥途の土産に教えてあげる。これで見えるかしら? 私の耳が」
「っ……! あぁ……なるほど……理解したよ。教えてくれてありがとう」
真正面から向き合ったユナリアスは、大人びた魔法使いの背後で幼さの残る魔法使いが魔法を唱えているのを知りながらも、穏やかな態度で会話を続けた。
すると、ユナリアスの問いに答えた大人びた魔法使いは、自身の髪を掻き上げて隠れていた、少し長い耳を曝け出す。
その人間よりは長く、魔族よりは短い耳を見たユナリアスは瞬時にその意味を理解すると、穏やかな笑みを浮かべて礼を告げた。
それは、魔族と人間の間に生を受けた者……即ち混血たる証で。
ユナリアスは人間領では忌むべき存在とされている彼女たちが、不退転の覚悟を示している理由にも得心がいった。
「いいえ。それじゃあ――」
「――うん。行くよっ……!!!」
ゴウッ……!! と。
怪し気な微笑みを浮かべた大人びた魔法使いが言葉を紡ぐと、その背後で身の丈を超える大きな火球が燃え上がる。
それを見たユナリアスは、立ち塞がるように両手を広げた大人びた魔女に頷きを返すと、脚に力を込めて前へと飛び出したのだった。




