1849話 気高き怒り
猛然と剣を振るうフリーディアの胸の内に、純然たる怒りが沸き上がり続ける。
あの勇者と名乗ったユウキという少女。その瞳はとてもまっすぐで澄んでいて、曇りの無い綺麗な目をしていた。
だからこそ。そんな純粋な彼女ならきっと、私達の想いもわかるはず。テミスが成し遂げた平和の価値を、正しく理解してくれるはず。
――そう思っていたのに。
「ッ……!! 何故ッ! どうしてッ!! あなた達はッ……!!!」
「クッ……グッ……ウゥッ……!!」
「何が勇者よ! あんなに純粋な子を、自分達の欲望のために利用して……!! 恥ずかしいと思わないのッ!? この……卑怯者ッ……!!」
フリーディアは怒りに任せて剣を振るいながら、激しい怒声を女戦士に叩きつけた。
少し言葉を交わしただけでもわかる。あのユウキという少女に施されているのは、その価値観や在り方さえも歪めてしまうほどに強烈な刷り込み……つまるところは洗脳だ。
まるで親が何も知らぬ子に毎日毎日言い聞かせるかのように。
ユウキには、仲間として随伴する彼女たちが一番の味方で、この世界の居場所であるかのように思い込ませているのだ。
それがどれほど卑劣で。卑怯で。唾棄すべき程悍ましい見下げ果てた行為なのか。
誇り高き仲間達に、気高き好敵手たちに囲まれたフリーディアには、胸の内をかき乱す衝動の如き激情を表現し切る事の出来る言葉は無く、止めどなく溢れてくる言葉を喚き続ける。
「絶対に許さないッ!! あなた達に誇りは無いの!? 人としての良識はッ!? 越えてはならない一線もわからないの!?」
「くぁっ……!! っ……何だってんだ!! さっきから!! 訳の分からない事ばかり言いやがってッ!! グッ……!!」
フリーディアの苛烈な攻撃を、女戦士は分厚い刃を持つ剣を振り回して辛うじて堪えるも、ただ致命的な傷を避けるばかりで浅く細かい傷が刻まれていく。
しかしそんな防戦一方の状況に堪りかねたのか、女戦士が叫びをあげて攻勢に転ずるべく勢いよく剣を振りかぶる。
だが。振りかぶられた剣が斬撃として放たれるより迅く。
鋭く突き込まれたフリーディアの一閃が女戦士の肩を貫き、溢れた血潮が球となって宙を舞った。
「訳の分からない事? しらばっくれないで。あなた達三人があの子を……ユウキの強さを利用して、私たちの尖兵へと仕立て上げているのでしょう!?」
「なっ……!? 馬鹿言うな! アタシ達がそんな事する訳ないだろ!! アタシ達はただ、ユウキの想いに共感して一緒に戦っているんだ!!」
「する訳が無い? 詭弁だわ。だって現にあなた、真っ先にあの子をけしかけていたじゃない」
「ッ……!!」
肩を貫かれた女騎士は、握り締めた剣こそ取り落とす事は無かったものの、傷を押さえてガクリと膝を付く。
その眼前にゆっくりと歩み寄りながら言葉を重ねるフリーディアの瞳には、途方もなく冷ややかな怒りが宿っていて。
しかし、抑えきれぬ激情を纏って放たれるフリーディアの言葉に、女戦士は固く歯を食いしばって目を剥くと、食らい付くように声を荒げた。
けれど、眼前に状況証拠が出そろっている状態で如何なる言葉を並べようとも、フリーディアの冷酷な瞳が変わる事は無く、より冷たさを増した声と共に女戦士の首元にピタリと刃が添えられる。
「私の言っている事が否だと言うのなら、まずはそこから説明してみなさいな」
「アタシは……けしかけたつもりなんてねぇ!! アンタ等は強い……! 見ただけでわかる! だからッ……!!」
「そう。なら、何故人々を護ると言ったあの子が、同じ私たちの痛みを理解しようとしないのかしら? 宣戦布告をしたのもあなた達ヴェネルティ、そして今この船が攻め上がっている先はフォローダ。話し合うためにはまず、攻め上がっている足を止める。子供でも理解できるような、簡単な事なのだけれど?」
「お前達はッ!! 私達人間を裏切って魔族と手を組むような連中だ! そんな連中と話し合う事なんざ何もねぇ!!」
「…………。そもそも、その認識が何よりの間違いよ。考えてみなさい。あなた達が言うように、私達ロンヴァルディアが本当に魔族と手を組んでいたのなら、即座に侵略戦争を仕掛けると思わない?」
「知らねぇよ!! 悪いがアタシは馬鹿だからな。そういった難しい話は分からねぇんだ。だから……」
二人は睨み合いながら言葉を交わしたものの、剣を収めるに至る事は無く、女戦士はフリーディアに貫かれた肩を押さえながら、ゆらりと大きく体をよろめかせて立ち上がる。
その姿には、相も変わらず敵であるフリーディアに対する警戒や敵意が漲ってはいたものの、実力の差を思い知って尚立ち上がる気概と、揺らぐ事の無い強い想いが溢れ出ていた。
「……ユウキの為にもッ! アタシが今ここで、倒れる訳にはいかねぇんだよ!!」
そして気合一閃。
猛々しく吠えた女戦士は、まるで獲物に飛び掛かる獣のように突如、猛然と剣を振りかざしてフリーディアへと襲い掛かる。
だが……。
「無駄よ。あの子の事を思うのなら、今は素直に倒れておきなさい」
「が……ぁ……!! ……く……しょう……ッ……!!」
女戦士の奇襲すらも読んでいたかのように。
フリーディアは流れるように身を翻して女戦士の斬撃を躱すと、すれ違いざまに鋭く振るった止めの一太刀を加えたのだった。




