1845話 紛いの絶技
中段半身と正眼。
ユウキとテミスは互いに正当な剣術らしい構えを取ると、動きを止めて静かに睨み合う。
しかし、既に傷を負っているテミスの剣先は時折不安定に揺れており、足元に広がっていく血だまりが声高に不調を物語っていた。
「……ボクとしては。このまま待っているだけで勝てそうに見えるんだけれど?」
「試してみるか? この程度の傷で膝を付いていては、過去の私に笑われる」
「へぇ……どんな戦いをしてきたの?」
「時間稼ぎに……乗ってやるつもりはないッ!!」
言葉を交わしながら、じわり、じわりと距離を縮めたテミスは、ユウキの問いに一喝すると、滑るような足取りで前へと進み出る。
もっともこの継ぎ足と呼ばれる足さばきはフリーディアから習ったものではなく、前の世界で齧っていた剣道の技術なのだが。
だが、獲物が大剣であるとはいえ、間合いを詰めるという目的を達するには十分な役割を果たし、テミスは十全な形でユウキを自らの間合いの内へと捕らえた。
瞬間。
脇をしっかりと締め、コンパクトな振りで放たれた斬撃が、ユウキの肩口へ向けて叩き込まれる。
しかし……。
「ハァッ……!!」
ガキィンッ! と。
真正面から打ち込まれたテミスの斬撃に対して、ユウキは僅かに身体を横へと捌くと、斬撃の側面を打ち据えるように剣を打ち付けて、テミスの放った斬撃の軌道を逸らす。
そして、その勢いをも利用して、ユウキはたたんっ! と軽いステップを踏んでテミスの側面へと回り込むと、手首を返して反撃を放った。
「フッ……」
「っ……!」
だが、ユウキの放った一閃は、クスリと余裕の笑みを浮かべたテミスの眼前を薙いで空を切り、ヒャウンと甲高い音だけを奏でる。
テミスは自らの斬撃が躱された刹那、残していた足を生かして半歩退がり、ユウキの扱う片手剣に比べて間合いの広い大剣の利を生かして斬撃を躱したのだ。
空を切ったユウキの剣は高々と掲げられ、対するテミスの大剣は構えこそ取ってはいないものの、既に身体の傍らへと引き戻されている。
なればこそ次は、順当に攻めるのならば空いた胴を突くか薙ぐか……若しくは下段からの切り上げを以て一撃を加えるか。
そう断じたテミスが、カチャリと刃を返し、前へと踏み込むべく脚に力を込めた時だった。
「ッ……ァァアアッ!!!」
「――ッ!?」
ユウキが短い咆哮をあげると、高々と振り上げた片手剣が淡く青い光を帯びる。
その構えは紛れもなく、ユウキが先ほど見せた能力を用いた剣技の一つ、突進技であるドライヴカットのもので。
だが、既にユウキとテミスは互いの剣が届く程度の距離には肉薄しており、距離を詰めて攻勢に出る為のこの技は不適かに思えた。
「チィッ……!?」
けれど、ピクリと眉を跳ねさせたテミスの疑問に答えるかのように、弾き飛ばされるかの如き強烈な加速を以てテミスの傍らを駆け抜けていく。
それは即ち、斬撃の応酬を以て攻守をが目まぐるしく切り替わる剣戟から逃れることを意味していて。
攻勢に出んとしたテミスの出鼻を挫き、ユウキの不利へと傾きかけていた剣戟を仕切り直す結果となった。
「ははっ……! 危ない危ない。いくら剣筋を知られていたとしても、ドライヴカットみたいな後隙の少ない単発技なら大丈夫! 初撃を躱されてもへっちゃらだしね!」
「ハッ……猪口才な真似を」
「技を上手く使ったって言ってよ! それに、ドライヴカットで回避するのは対人戦じゃ定石でしょ?」
「それを、猪口才な真似だと言うんだ」
距離を取って構えを取り直したユウキに向き直ると、テミスは皮肉気な微笑みを浮かべて静かな声で吐き捨てる。
確かに、どんな体勢からでもあれ程の踏み込みを模した移動をできるのならば、攻勢に出る為の技というよりは、緊急回避のための一手としての運用は理に適っているだろう。
だが、あくまでもそれは奇策に類する小手先の技で。事前に逃れるという事がわかっているのならば、敢えて技を撃たせて追撃する事もできる。
「だが……丁度いい。仕切り直すのならば、こちらも攻め方を変えさせて貰うとしよう」
剣術と自身の剣技を併用しての剣戟。
ユウキの戦い方をそう断じたテミスは、冷淡な声でそう告げながら眼前の空間を大剣で薙ぎ払い、ゆっくりと構えを変えた。
腰を低く落として、肩の高さまで持ち上げた大剣を地面とは平行に構えたそれは、テミスにとって身体によく馴染んだ構えで。
ここから前へと突進して刃を突き立てるも良し、振り上げて斬り下ろすも良し、若しくは足元に滑り込んで切り上げるも良しな、剣術の基礎からは外れているもののある種万能とも言える構えだった。
「……受けて立つよ。ボクも負けるわけにはいかないんだ。キミを倒して皆を守ってみせる!」
そんなテミスに、ユウキもまたゆっくりと構えを変えると、片手剣を頭の横に掲げて地面と水平に構え、空いた逆の手を刀身の側に沿えた変則的な構えを取る。
奇しくも向かい合った二人の構えは、大剣と片手剣の差はあれど酷似していて。
それに気付いたテミスは、自身に真剣な眼差しを向けるユウキに、クスリと皮肉気な微笑みを零したのだった。




