1844話 懐かしき技
一つ……わかった事がある。
傷の痛みに歯を食いしばりながら、テミスはぎしりと大剣の柄を固く握ると、胸の内でひとりごちる。
ユウキの繰り出すあの異様な剣撃。あれは決して、彼女が独自に編み出した剣技ではない。
「……今の連撃。名は確か、トライ・センシズと言ったか」
「っ……!」
「ハ……その反応……やはりな。ならばあの二連撃はヴァイパーファング、初撃の突進技はドライヴカットだな?」
「まさか……!!」
不敵な微笑みを浮かべたテミスが低い声で問うと、ユウキの顔色が変わる。
そう。テミスはユウキの使う剣技を良く知っていた。
かつてあの世界にて、絶大な人気を誇ったオンラインRPGであるフォーティーン・ブレイド・オンライン。
ユウキの見せた異様な剣技はどれも、十四本の聖剣・魔剣をめぐる重厚な物語が売りのあのゲームの中で、プレイヤーが扱う事の出来る剣技として描かれていたものだ。
「クク……知っているぞ。あぁ、知っているとも。こちらに来てからの出来事があまりにも鮮烈でな……思い出すのに時間がかかった」
警戒で身を固くするユウキを前に、テミスは己の考えを確信に変えると、朗々と言葉を続けた。
もしも、ゲームで描かれている技を再現しているというのならば、あの物理法則を無視した動きも理解はできる。
純然な剣技ではなく、既に用意された一連の動作としての剣技。
テミス自身が月光斬を模倣できた時点で、こう言った相手が出て来ることは予想していた。
だからこそ驚きこそはしないものの、実際に切り結んでみるとやはりあの異様な動きはやり辛いものがある。
「……いつかは気付かれるとは思ったけれど、まさか今このタイミングかぁ~」
「タネが割れた以上、もう私にお前の剣技が通ずるとは思わん事だな。たとえお前が、今の連撃以上の技を繰り出す事ができたとしても、一連の動きが判ってさえいれば応ずるのは容易い」
パシリと額に手を当てて嘆きをあげるユウキに、テミスは構えた大剣で大きく宙を薙いで威圧すると、再び正眼に構えて低く腰を落とした。
この宣言は、テミスにとって一種の賭けのようなものだった。
こちらの世界に来る前に遊んだゲームでの動きなど、一挙手一投足まで覚えているわけがない。
だがユウキは違う。
かつてあの女神モドキは、得ることの出来る能力は完全にランダムだと言っていた。
しかし、この世界で様々な転生者と相まみえる事で、一つの仮説がテミスの中で組み上がりつつあった。
その仮説が正しければ。
ユウキはたとえ世界を渡って尚、あのゲームの剣技が能力として発現するほど、あのゲームに心を奪われていたか、若しくは関わりが深かった者であるはずだ。
だからこそ、彼女は彼女の常識によって現実を判断せざるを得ない。
彼女にとって、知っていて当然の常識である剣技は当然、テミスも理解しているものだと思い込み、テミスの言葉がただのハッタリであるなどとは想像もつかない筈だ。
とはいえ、この賭けもユウキの盲目的なまでの純真さと、幼さすら感じさせる意識を加味してのものなのだが。
「確かに、テミスさんも選剣士だったなら、特に後隙の大きい連撃技は危ないね。けれど、その傷でまだ戦うつもり? 言っておくけれどボク、普通の剣技もそこそこできるよ?」
ユウキはテミスのハッタリに得意気な笑みを浮かべると、半身に剣を構えて低く腰を落としてみせる。
それは、突飛な格好から放たれる剣技とは異なり、どちらかというとフリーディアやユナリアスが扱うような、正当な剣術の香りを感じさせた。
だが、こちらの傷も浅くはない。
体力や膂力が同格の相手と考えるのなら、依然としてこちらが不利であることは変わらないだろう。
「フ……言ったはずだ。こちらには退くつもりも、その理由もないとな。ともあれ、お前のその軽さにも得心がいったよ。なるほどそんな力があれば、世界が遊びのように映っても致し方が無い」
「そんな風には思っていないよ!! ボクはただ、ボクが守るべき人たちを守る為に戦っているんだ!!」
「……まぁいい。ならば普通の剣技とやらを見せてみろ。にわか仕込みはお互い様だ」
けれどひとまず、こちらが大きな隙さえ見せなければ、ユウキが安易に大技を繰り出してくる事は無くなったはずだ。
そう判断したテミスは、自らも修練した剣技を以て応ずるべく、大剣の切っ先をユウキへと向けたのだった。




