1842話 無法の剣技
大上段に剣を掲げたまま前へと飛び込み、鞭のようにしならせた身体のバネをも用いて敵を斬り付ける。
ユウキの放った剣撃は、言ってみればただそれだけのものだった。
しかし、実戦での剣術の経験値はフリーディアに遥か届かないとしても、紛いなりにもこの大剣を振るって戦いを切り抜けて来たテミスには、ユウキの剣は異様に映った。
「クッ……!!」
叩き込まれた一撃を大剣で受け止めたテミスは、その片手剣にあるまじき斬撃の重さに歯を食いしばると、そのまま刃を傾けて打ち込みを受け流す。
何もかもが滅茶苦茶だった。
ユウキが転生者であったとしても、同じ立場であるテミスならば、膂力に大きな差は無い筈だ。
だというのに、たった一本の細腕を以て放たれた斬撃は、片腕の力とは思えないほど強烈で。
加えて、ヒトであるのならば逃れ得ない動きの起こりや、筋肉の収縮による緊張が全く感じ取る事が出来ず、ただ強烈な斬撃という結果だけが切り取られて張り付けられたような、途方もない違和感があった。
「あははっ……!! やるねぇ! なら、これはどうッ!?」
「調子に乗るなッ!!」
ガキン! ギャリン! と。そのまま続けて数合打ち合った後、ユウキは明るい笑い声をあげて口を開くと、再び剣を持ち上げて奇妙な構えを取る。
今度は、剣を握った腕を大きく横へ突き出し、開いた片手で剣を握る腕の肩を掴んだ構え。
すると同時に、ユウキの握る剣の刀身が僅かに紅い輝きを放ちはじめ、直後にまた鋭い横薙ぎの斬撃が放たれた。
だが、いくら強靭な一撃であろうとも、単純な斬撃を真正面から叩き込まれた程度で斬られるほどテミスは甘くない。
故にテミスは、放たれた横薙ぎの一閃を受け止めた後、応撃の一撃を加えるべく大剣を構えると、腹立たし気に叫びをあげた。
しかし……。
「――なッ!!?」
確かに受け止めたはずのユウキの一撃は驚くほどに軽く、打ち合わされた刃もカチンと微かな音を立てただけだった。
それもその筈。
ユウキの斬撃はテミスの構えた大剣に触れた瞬間。まるで、あらかじめ剣撃の軌跡がそう決められていたかのように凄まじい速度で逆進したのだ。
そして、剣を握るユウキが剣の動きに合わせるように体を一回転させると、斬撃はユウキの背後で弧を描いて空を裂き、逆方向からの斬撃となってテミスへと襲い掛かった。
「チィッ……!!!」
当然。
そのような物理法則をも無視したような動きなど想定していなかったテミスは、大剣を以て応ずることはできず、咄嗟に自らの顔面へ向けて襲い掛かる斬撃に合わせて身を投げ出す。
だが、テミスと同等の剣速を以て放たれたユウキの斬撃を躱しきることはできず、テミスは吹き飛ばされたかの如く派手に甲板の上を転がった。
「おぉぉ……! まさか、これを躱されるとは思わなかったよ!」
一撃を放った後。
ユウキは振り抜いた剣を下ろして嬉しそうに歓声を上げると、甲板の上に倒れるテミスへと輝くような視線を向ける。
一方でテミスは、ぱたり……ぱたりと甲板に滴る血の滴を眺めた後、忌々し気に舌打ちをしてからゆっくりと体勢を起こしながら口を開く。
「嫌味が上手いな。人の頭を裂いておいて良く言う」
「えぇ~……嫌味じゃないよ! だってテミスさんまだ生きてるじゃん! この一撃で決めるつもりだったのに……」
「ハッ……!! 澄ました顔をしてえげつない技使いやがって……」
ぐい……と。
テミスは頭側部に受けた傷から頬を伝う血を拭うと、吐き捨てるように悪態を零した。
ギリギリ浅く皮を斬られる程度で済んだものの、あれは紛れもなく必殺の一撃だった。
意識を片側に引き寄せてからの急激な斬り返し。それをあれ程の速度を以て行うのは、最早剣技という人間の技の範疇ではない。
ならば、テミス自身の月光斬と同じく、この一連の斬撃に関する事象がユウキの持つ能力と見て間違い無いだろう。
「前言撤回だ。それだけの戦力があるのならば、確かに戦いを仕掛けるには足る理由と言える」
立ち上がったテミスは再び大剣を構えながらそう言葉を続けると、鋭い視線でユウキを睨み付ける。
大上段に構えた一撃と、今のフェイント二連撃技。思えば異様な一撃が放たれる前には、どちらもユウキの剣の刀身は淡く光を帯びていた。
ならば、剣技を放つ動作の起こりが無くとも、刀身さえ視界の内に留めておけば、少なくとも次に放たれる斬撃が普通のものでない事は察知できる筈だ。
そう考えながら、テミスは構えた大剣を固く握り締め、仕掛ける隙を伺って脚に力を溜める。
「違うよ! 公爵たちはそもそも、この戦いには乗り気じゃなかったもん!」
「ほざけ!! だったら何故!! 今もなおこの船を止めんッ!!」
「キミたちが攻めてきたから!! じゃないかッ!! 皆怖がっていたよッ! だからみんな、もうやるしかないってッ……!!」
「ハッ……!! まるで被害者のような口ぶりだな!! いけしゃあしゃあと! 戦端を開いたのはお前達だろうがッ!!」
そんなテミスの前で、ユウキは剣すら構えないまま叫ぶように言葉を返した。
だが、テミスがそのような大き過ぎる隙を見逃すはずも無く。怒声と共に僅かに開いた距離を一気に詰めると、猛然と刃を振るう。
一転して攻勢に出たテミスに対して、ユウキは繰り出される斬撃を時に躱し、時に受け止めながら悲痛な叫びをあげる。
しかし、その叫びはテミスの怒りに火を灯し、荒々しく振り下ろされる斬撃の嵐と共に、雷鳴のような怒声が轟いたのだった。




